「幸福」を3つの資本をもとに定義した前著『幸福の「資本」論』からパワーアップ。3つの資本に“合理性”の横軸を加味して、人生の成功について追求した橘玲氏の最新刊『シンプルで合理的な人生設計』が話題だ。“自由に生きるためには人生の土台を合理的に設計せよ”と語る著者・橘玲氏の人生設計論の一部をご紹介しよう!

「努力できるひと」と「努力できないひと」がいる

 日本の宝くじは購入代金の半分以上が経費として差し引かれる世界でもっとも割の悪いギャンブルで、経済学者から「愚か者に課せられた税金」と呼ばれるが、それでも1等・前後賞合わせて10億円を当てる幸運なひとがいる。だがこの因果関係を逆にして、「宝くじを買えば大金が手に入る」とはいえない(ほぼすべてのケースでその逆になる)。

「よい習慣をつくればよい習慣がもてる」というトートロジー(同語反復)Photo:Ryuji / PIXTA(ピクスタ)

 それと同様に、膨大な数のひとたちが悪い習慣を変えたいと思っているはずだ。だとしたらそのなかに、何万分の1、あるいは何十万分の1の確率で、驚異的な成功を収める者がいたとしても不思議はない。しかしその体験を一般化して、「キーストーン・ハビット(要となる習慣)を変えさえすれば人生は好転する」といえるのだろうか。

 自己啓発本の大きな問題は、成功者だけを集めて、そこからなにかの「教訓」を得ようとすることだ。だが宝くじに当たったひとを何十人、何百人取材しても、「成功法則」を見つけ出すことはできない。

 もちろんこれは、「習慣の力」が役に立たないということではない。ある種のひとにとっては大きな効果があるにちがいない。それは「よい習慣をつくることができるひと」だ。

 一卵性双生児と二卵性双生児の比較などから遺伝の影響を調べる行動遺伝学は、身長や体重などの外見だけでなく、知能や性格などあらゆるところに遺伝の長い影が延びていることを明らかにした。

 すべてが遺伝で決まるわけではないが、パーソナリティ(性格)は遺伝と(幼少期の)環境の相互作用によってかたちづくられる。世の中には、「努力できるひと」と「努力できないひと」がいる。習慣を変えることで人生を劇的に変化させたリサ・アレンの印象的な変化は、強い意志力を(生得的に)もっていた女性が、たまたま自堕落な生活から抜け出せなくなっていたが、ある出来事をきっかけに本来の能力を発揮できるようになったケースとして説明できるのではないか。

「習慣の力」の問題は、「よい習慣をつくればよい習慣がもてる」というトートロジー(同語反復)になっていることだ。人生に困難をもたらす多くの悪癖のなかで、どれが「キーストーン・ハビット」なのか見極めるのは難しいだろう。

 より汎用的・一般的な「成功法則」は存在しないのだろうか。ここでは「合理的意思決定理論」を参照しつつこの疑問を考えてみたい。

確率が「選択」の問題になるとき

 あなたの手元には百円玉がひとつあり、コイン投げの賭けをもちかけられたとしよう。表が出ればあなたの勝ちで250円がもらえ、裏が出れば負けで賭け金は没収される。

 直観的に割のいい賭けだとわかるだろうが、どのくらい得かは計算してみる必要がある。これはすごく簡単で、勝ったときの金額(250円)と負けたときの金額(0円)の合計に1/2(表が出るか、裏が出るかの確率)を掛ければいい。(250円+0円)×1/2=125円で、これを賭けの「期待値」という。

 カジノなどのギャンブルは胴元の利益が差し引かれるので、プレイヤーの期待値はマイナスになる。宝くじやtoto(サッカーくじ)は賭け金の半分、競馬・競輪などの公営ギャンブルでは賭け金の4分の1程度が問答無用で徴収されるため、100円を投じたときの期待値はそれぞれ50円(マイナス50%)と75円(マイナス25%)だ。そのため日本の宝くじは「世界でもっとも割の悪いギャンブル」などといわれる。

 これらのギャンブルに比べれば、125円を「期待」できる賭けに100円で参加できるのはものすごく有利だ。当然、100円全額をこの賭けに投じるのがもっとも合理的な戦略になる。

 では、あなたの手元になけなしの100万円があり、同じ賭けをもちかけられたらどうすべきか? 統計学の「平均への回帰」を知っていると、この問題も簡単に解ける。

 平均への回帰では、賭けの損益が正規分布(ベルカーブ)であれば、勝ったり負けたりすることはあるとしても、試行回数を増やすことで結果は期待値に収斂する。すなわち、100万円を分割して1万円ずつ100回賭ければ、(ほぼ)確実に125万円になって戻ってくるのだ。

 では、この有利な賭けにチャレンジできるのは1回だけで、賭け金は自由に決められるとしたらどうだろう。この場合、100万円全額を賭ければ2分の1の確率で250万円に増えるが、やはり2分の1の確率ですべてを失ってしまう。100円なら運がなかったと笑ってすませられるが、100万円だとそういうわけにはいかない。すなわち、「選択」の問題になるのだ。

※この記事は、書籍『シンプルで合理的な人生設計』の一部を抜粋・編集して公開しています。

橘玲(たちばな・あきら)
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。