「幸福」を3つの資本をもとに定義した前著『幸福の「資本」論』からパワーアップ。3つの資本に“合理性”の横軸を加味して、人生の成功について追求した橘玲氏の最新刊『シンプルで合理的な人生設計』が話題だ。“自由に生きるためには人生の土台を合理的に設計せよ”と語る著者・橘玲氏の人生設計論の一部をご紹介しよう!
直観は機械に追い越されていく
「直観は理性より正しい」というと(スピリチュアル系のひと以外は)奇妙に感じるかもしれないが、わたしたちはほとんどのことを直観で判断しているのだから、それが役に立たないとしたら大問題だ。「速い思考」がきわめて優れていたからこそ、“賢いヒト(ホモ・サピエンス)”はきびしい自然環境にも生き残り、地球上で大繁殖するようになった。
より正確には、直観と理性は異なる思考方法だ。
直観が得意なのはパターン認識で、アイオワ・ギャンブリング課題では、得をしたパターンと損をしたパターンを(無意識に)記憶・計算することによって、どの山が危険でどの山が儲かるかを判断している。それに対して理性は論理的思考なので、A、B、C、Dの4つの山の損益をデータ化し、期待値を計算しないと正解にはたどり着けない。
直観がこれほどまでに優れているのなら、なぜ理性が必要とされたのだろうか。これは当然の疑問で、ヒト以外の生き物は理性などなくても、直観だけで長い進化の歴史を生き延びてきた。
直観がもっとも活かされるのは職人の仕事だ。陶芸家でも鮨職人でも、長い年月をかけて繰り返し修練することで、素人では気づかないような微妙なちがい(窯の温度やネタの鮮度)がわかるようになる。経験によって学習し、無意識が適応して能力が上がるのだ。
パターン認識能力は、同じことを繰り返し、そのたびにフィードバックが得られる状況でもっとも鍛えられる。バッターは、打席に立つたびにピッチャーの投球を体験し、(ヒットを打った、三振したなどの)フィードバックを得ることで直観を向上させていく。ピッチャーの方も、バッターが反応するたびに(スイングするか、見送るか)、それがフィードバックになる。
だがこのことは、直観の限界も明らかにする。試行を繰り返して大量のデータを収集できれば、それを統計的に解析することで、直観的な判断に近似させることができるのだ。そのうえ機械は疲れることも、気分のむらもないので、与えられたデータに対してつねに正確な答えを返してくる。
このことを劇的に示したのは、AI(人工知能)がチェスだけでなく、より直観が必要とされる将棋や囲碁でも人間を打ち負かしたことだ。過去の対戦記録をコンピュータに深層学習させるだけでなく、いまではAI同士を戦わせることでより強力に「進化」するようになった。
こうして早晩、機械(AI)によってほとんどの仕事が取って代わられるのではないかという不安が広がっている。これについては、機械は脳の機能の一部を代替できるだけで(コンピュータに共感力を学習させることはまったくできていない)、人間とAIが協働作業することでより効率が上がるという有力な反論がある。
映画『ターミネーター』のような機械による独裁はさすがに大袈裟だろうが、それでもこれまで直観が重視されてきた(職人の)仕事では、機械の方がうまくやれるものが増えていくのは間違いないだろう。その結果、知識社会が高度化するにつれて、進化的合理性(直観)の価値は下がり、論理的合理性(理性)に適応できたひととのあいだの「格差」が広がっていくのだ。
※この記事は、書籍『シンプルで合理的な人生設計』の一部を抜粋・編集して公開しています。
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。