「幸福」を3つの資本をもとに定義した前著『幸福の「資本」論』からパワーアップ。3つの資本に“合理性”の横軸を加味して、人生の成功について追求した橘玲氏の最新刊『シンプルで合理的な人生設計』が話題だ。“自由に生きるためには人生の土台を合理的に設計せよ”と語る著者・橘玲氏の人生設計論の一部をご紹介しよう!
成功に至る意思決定
コップに水が半分入っている。これを「半分も入っている」(楽観)と考えるか、「半分しか入っていない」(悲観)とするかで人生は大きく変わるといわれる。たしかに、悲観的よりも楽観的な方がうまくいくという研究はたくさんある(とはいえ、つねに楽観の方が悲観よりもいいとはいえない)。
この理屈だと、「認知を変えて(水が半分も入っていると)楽観的に考えるようになりましょう」という話になり、そのように説く本もたくさん出ている。だが問題は、そう簡単に認知の癖は変えられないことだ。「楽観的/悲観的」のパーソナリティには(半分程度)遺伝の影響があり、いつも楽観的なひとがいる一方で、どんなことも悲観的に見てしまうひともいる。
だがここには、もっとシンプルな解決方法がある。半分の大きさのコップに水を移すのだ。これで、認知の癖(パーソナリティの個人差)にかかわらず、誰が見てもコップには水がいっぱい入っている。
このように多くの場合、認知を変える(これはかなり大変だ)より環境を変える(転校や転職、転居する)方がうまくいく可能性が高い。これが、「合理的に成功する」考え方の基本になる。
「習慣の力」が奇跡を起こした
私には「外出先から戻ったら手を洗う」という習慣はまったくなかったが、新型コロナウイルスの蔓延が始まって数日間でたちまち手洗いが日常になった。すると、冬になっても風邪をひかなくなった。こんなに効果があるのなら、なぜもっと早くやらなかったのだろう。
これが「習慣の力」で、うまく利用するととてつもなく大きな効果を発揮する。
心理学者のウィリアム・ジェームズは早くも19世紀に、「わたしたちの生活はすべて、習慣の集まりにすぎない」と述べた。日々の行動の40%以上が意識的な選択ではなく、習慣だという研究もある。
ジャーナリストのチャールズ・デュヒッグは、世界的なベストセラーになった『習慣の力』で、次のような印象的な例を紹介している。
リサ・アレンという34歳の女性は、16歳で喫煙と飲酒を始め、ものごころついた頃からずっと肥満に悩まされ、20代半ばで100万円を超える借金を抱え、仕事は1年以上続いたことがなかった。
典型的な「ダメ人間」だが、そこでさらなる挫折に襲われた。夫から、「他の女性を好きになったので家を出ていく」といわれたのだ。
徹底的に落ち込んだ彼女は、クレジットカードの限度額すべてを使ってエジプトに傷心旅行に出かけた。タクシーに乗ってカイロ近郊の砂漠を走っているとき、突然、「またいつかエジプトに戻ってきてこの砂漠を横断する」という目標が頭に浮かんだ。
この目標を実現するために、リサはまずタバコをやめることにした。禁煙して6カ月後、ジョギングを始めた。すると食生活や働き方、睡眠、貯金のしかたなどが変わり、仕事のスケジュールをきちんと決め、将来の計画を立てるようになった。走る距離も延び、ハーフマラソンからフルマラソンを走るようになった。そして大学に戻り、家を買い、婚約もして、禁煙の11カ月後には友人たちとエジプトの砂漠の横断を成し遂げていた……。
あるひとつの習慣を変えることで、他の行動もプログラムし直すことができる。これを「キーストーン・ハビット(要となる習慣)」という。リサの場合はタバコをやめることですべてがポジティブに連動し、人生が劇的に変わったのだ―。
※この記事は、書籍『シンプルで合理的な人生設計』の一部を抜粋・編集して公開しています。
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。