経理・財務担当役員は
資本主義のルールを学ぶ必要がなかった
当時の日本企業の株券は多くが額面50円でした。当時は額面に対して2割配当で十分だと言われていましたので、配当額は年間10円となります。
たとえば、株価が1000円だとしたら配当利回りは1%にすぎません。当時の株式市場は活況で、いつでも1000円で増資できる環境にありました。
当時は、「資本コスト=配当コスト」であり、1%の配当負担だけで資本が調達できるなら、それ以上のリターンが期待できる案件は投資の合理性がある、「だったら買え」というのが、多くの経営者のスタンスでした。
しかし、株式に投資する機関投資家の要求目線は、もっと高いところにあります。機関投資家は、配当だけで満足するはずもなく、株価の値上がり益も含めたトータルでもっと高いリターンを期待しています。
こうした資本市場や機関投資家の行動に関する認識の薄さが、日本のバブル経済とその崩壊、さらには、失われた30年につながっていった一因と考えることができます。
日本企業の資金調達においては、資本市場からの資金調達(直接調達)よりも銀行からの借り入れ(間接調達)が主流である時代が長く続いてきました。
日本企業の経理・財務担当役員は「金庫番」としての役割を果たすことが期待され、銀行との関係維持に多くの時間を費やし、資本市場との関係は比較的希薄でした。ガバナンス論で言えば、投資家によるエクイティ(資本)ガバナンスではなく、銀行によるデット(負債)ガバナンスが中心である時代が長く続きました。
このため、資本市場のプレイヤーである機関投資家と対話することに力点を置く欧米企業のCFOとは異なり、日本の経理・財務担当役員は、資本市場の基本ルールや機関投資家の思考方法や行動様式を学ぶ必要性が希薄だったのです。
*1 「『伊藤レポート』誕生の背景とは。」The Meaning of Work、2021年11月9日
https://lm-tmw.com/theory-and-practice/ito-report-1/
※この記事は、書籍『CFO思考』の一部を抜粋・編集して公開しています。