たった20年足らずで誰も追い付けない宇宙企業のトップに成長した米スペースX。業界人が驚く快進撃の裏には、これまで宇宙業界にいた者なら非常識と眉をひそめるような逆張りの経営があった。特集『来るぞ370兆円市場 ビッグバン!宇宙ビジネス』(全13回)の#10では、宇宙ライターが、イーロン・マスク氏の非常識経営のすごみとアキレス腱を解き明かす。(フリーライター 大貫 剛)
1社で「中国1年分」のロケット打ち上げ
スペースXを支えた「三つの非常識」とは
2002年の設立からわずか21年で、世界の宇宙開発をリードし、宇宙開発の常識を書き換える存在となったのが、イーロン・マスク氏率いる米国のスペースXだ。
22年の宇宙ロケット打ち上げ機数は61機と全世界の打ち上げ総数の約3分の1を占める。これは、国別ロケット打ち上げ総数で2位の中国が年間に打ち上げた数とほぼ同数をスペースX1社が打ち上げている、ということを意味する。
スペースXが現在の主力ロケット「ファルコン9」の初飛行に成功したのは10年だ。その後、宇宙ステーション無人補給機「ドラゴン」、有人宇宙船「ドラゴン2」、通信衛星「スターリンク」を次々に事業化し、現在は史上最大の超大型ロケット「スターシップ」の開発にまい進している。
初飛行からたった10年強という短い期間で、なぜこのようなことを成し遂げることができたのか。
スペースXの開発の速さの理由は何か。第一に挙げるべきなのが、既存技術の活用だ。実はスペースXは、新規開発された技術ではない、いわば過去に「捨てられた」技術をも集めて巧みに活用している。
例えばファルコン9は、1980年代から2000年代ごろに開発された日米欧の宇宙ロケットとは大きく異なる技術を採用している。中でも特徴的なのは「炭化水素燃料」「クラスター」「再使用ロケット」という三つの技術だ。
まず炭化水素燃料とは、石油やメタンなどの化石燃料のことだ。近年のロケットでは高性能な液体水素が主流になっていたが、その半面液体水素は密度が低いため、ロケットの機体の大半を占める燃料タンクが肥大化するという短所がある。ファルコン9では、旧来の技術である炭化水素燃料をあえて使うことによって、タンクとロケットの小型化に成功した。
そしてクラスターだ。これは多数のロケットエンジンを束ねて使う方法だが、エンジンの数を増やせば製造費用が増え、制御も難しくなる。60年代の旧ソ連では、第1段に30基ものエンジンを搭載したロケットも開発されたが、制御に失敗して実用化できなかった。
しかしスペースXはファルコン9の第1段に9基、スターシップには33基のエンジンを搭載している。コンピューター技術の進歩で、過去には難しかったこのような制御も可能になったのだ。また同型エンジンを多数搭載することで量産効果も得られ、製造費用を下げることができた。
最後に再使用ロケットである。打ち上げたロケットをその場限りで廃棄するのではなく、機体を帰還させて何度も使うことを指す。有名な例がNASA(米航空宇宙局)のスペースシャトルだろう。スペースシャトルは、81年から30年間にわたって再使用されてきたが、飛行後の整備に費用がかかり、かえって使い捨てロケットの方が割安という結果になったため、NASAは後継の再使用ロケットの開発を断念したという経緯がある。
しかしスペースXは、スペースシャトルが割高だったのは翼を用いた飛行機型の形状が原因であることを見抜いた。ならば、筒状のロケットがそのまま降りてくる形にすれば、無駄な重量が減らせて簡素化が可能になると考えたのだ。
実は翼を使わずにロケットの逆噴射で着陸する技術は、90年代に米国防総省で飛行試験が行われていたのだが、実用化されることはなく、保守的な使い捨てロケットが使われ続けていた。スペースXはNASAや国防総省で日の目を見なかったこの技術も採用した。
これまで挙げてきた炭化水素燃料、クラスター、再使用ロケットのいずれも、過去に実例のある技術だが、その後は利点を生かし切れないでいたといえる。スペースXはこれらの利点を再発見し、現在の技術と組み合わせることで、全体としては革新的なロケットを生み出したのだ。
既存の宇宙業界からすれば型破りで非常識な経営が多かったというイーロン・マスク氏のスペースX。しかし、誰も予想し得なかった成功と成長を遂げた。その要諦は何だったのか。そして今後のリスクはないのか。次ページから詳細に解説していこう。