世界のトレンドに乗る形で、JAXA(宇宙航空研究開発機構)や政府も宇宙開発を民間に移行しようとしている。だが、JAXAや国が狙う「宇宙事業の民間移行」は、米国などと比べても本質的には成功していないにもかかわらず、有人飛行機開発という最重要分野を民間に押し付けるという本末転倒なことも起きている。特集『来るぞ370兆円市場 ビッグバン!宇宙ビジネス』(全13回)の最終回は、同じ「民間移転」を掲げながらも大きく差がついた、米国と日本の宇宙開発の現状について宇宙ライターが指摘する。(フリーライター 大貫 剛)
民間宇宙事業にかじを切った米国の有人宇宙飛行
日本との格差はますます広がるばかり
民間宇宙ビジネスがいよいよ盛んになっている。米国のスペースXを筆頭に、大小さまざまな宇宙ベンチャーが参入し、政府の宇宙機関も、民間企業の宇宙サービスを利用する方向にかじを切り始めた。
しかし、米国を中心とした民間宇宙開発の動きをそのまま日本に持ち込んでも、同じような結果になるとはいえない。そして特に、今後宇宙開発で重要になる「有人飛行」について、日本の体制には大きな問題が残されている。
まず、米国がこれまで行ってきた宇宙開発の民間移転の経緯についておさらいしておこう。
2006年、NASA(米航空宇宙局)は商業軌道輸送サービス(COTS)の計画を発表した。これは、11年に退役したスペースシャトルに代わって国際宇宙ステーション(ISS)へ人や貨物を輸送するサービスを、民間企業から提案させ開発費を支払うというものだ。
その後、実際にISSへ貨物を輸送する商業物資輸送サービス(CRS)、宇宙飛行士を輸送する商業クルー開発(CCDev)の契約も締結し、20年にはスペースXの「クルードラゴン」という宇宙船がISSへの有人商業輸送を開始。23年現在、米ボーイングの「スターライナー宇宙船」が有人試験飛行へ向けて最終準備を行っている。
これらは有人宇宙開発における「XaaS」(X as a Service)、「サービスとしての宇宙開発」と呼べるものだ。つまり、NASAは企業から「貨物や宇宙飛行士を安く安全に輸送するサービス」を購入するだけであり、どのようなロケットや宇宙船を開発するかは企業側に委ねられている。
企業にとっては、費用が予定を超過した場合のリスク、下回った場合の利益も企業側のものとなるが、政府が一定量のサービス購入を確約することである程度の採算は確保できる。さらに、運用開始後は政府以外のユーザーにサービスを提供し、ビジネスを拡大することが可能だ。このように政府が民間企業の開発を可能にさせる一定量の発注を行うことを、アンカーテナンシーという。
もしJAXA(宇宙航空研究開発機構)がこのような「サービスとしての有人宇宙船」の契約を提案したら、日本国内には応じられる企業があるだろうか。
例えば、JAXAが09年から運用している宇宙ステーション補給機「こうのとり」は、三菱重工業や三菱電機などの民間企業が開発や製造などの作業を受注したが、仕様決定や技術開発、運用などに責任を負ったのはあくまでJAXAだ。スペースXのように、その後のビジネス展開も考慮に入れて自らの責任でロケットなどのスペックを決めて、開発とサービスの受注にまでこぎ着けられたかどうかは、疑問である。
日本において有人宇宙飛行や大型ロケットといった高難易度で多額の初期投資を要する開発計画には、結局のところアンカーテナンシーなどの政府保証だけでは不十分で、JAXAによる開発資金確保と先行的な研究開発がまだ不可欠なのだ。
米国の宇宙開発を大きく前進させた「民間移転」。だが日本でこれをそのまま適用するのは難しそうだ。なぜ日米の差はここまでついてしまったのか。実は、日本の場合「民間移転」を言い訳に、本来国がやらなければならない最重要開発からも逃げてきたという経緯がある。次ページから詳しく見ていこう。