難しいが、できる限りの対応を取るべきだ。

 例えば、端緒の早期検知である。

 ある人物が現在関与していないプロジェクト情報に過度にアクセスしている状況、勤務時間外のアクセスの増加、アクセス後の早期のファイル削除など、相当数の端緒が得られる。

 それらを全てモニタリングすることは現実的ではないが、機微な技術情報の管理においては、人の属性や関与する研究内容によってそのモニタリング対象を増やすなどの施策が検討されるべきであろう。

 また、内部通報はもちろんのこと、所内の風評は軽く見られがちだが、そこに端緒情報が見つかる場合もある。現に、風評から警察への相談に結び付く場合も多く、民間における情報漏えい事案においても風評が端緒となるケースは多く、軽視してはならない。

 最後に、営業機密の持ち出しなど、産業スパイの兆候を感じた時点で速やかに捜査機関へ相談すべきである。

経済安保の観点における
象徴的な事件

 本件のように、「国防七校」という強烈なキーワードがあったにもかかわらず、技術が窃取された意味は非常に重い。

 ましてや、国の研究機関において、その危険性が指摘されている国防七校出身者を受け入れ、アクセス権を制御せずに先端技術の研究に従事させていた。

 この事実は、日本における経済安全保障の観点から見たリスクマネジメントにおいても非常に懸念されるべき状況だ。

 今回の事件は単なる不正競争防止法違反事件ではなく、「国防七校」に関与した人物が日本の国立研究所で先端技術を窃取するという、経済安全保障の観点でも象徴的な事件となってしまった。

 言うまでもないが、流出した日本の先端技術は既に中国の手に渡っており、二度と返ってはこない。

スパイ活動を取り締まる
法・制度整備の必要性

 捜査機関としては、このような状況下で、スパイ防止法のようなスパイ活動を取り締まる法的根拠がないため、法定刑がさほど重くない窃盗や不正競争防止法などの適用を駆使しながら、何とか対応している状況である。

 今回も捜査機関の血のにじむような努力のもと、何とか検挙に至ったのだろう。

 スパイ事件の特性上、任意捜査をしていれば察知されて帰国されてしまう可能性が高くなるため、よりハードルの高い強制捜査を目指さなければならない。

 一方で、今回の事件が起訴されるかどうかは未知数だ。最悪、不起訴で処罰のないまま帰国される可能性も多いにある。

 これが、「スパイ天国」といわれる日本の現状である。捜査機関から見ても、あまりにも酷ではないだろうか。機密情報を扱う人を国が認定する「セキュリティ・クリアランス」の必要性は言うまでもない。ぜひとも推進してほしい。

 今回の事件を受け、まず国自身が内部の現況を把握すべきである。そうでなければ、企業に示しがつかないだろう。本事件が日本のカウンターインテリジェンスと社会の認識を大きく変える契機となることを強く望む。

(日本カウンターインテリジェンス協会代表理事 稲村 悠)