身に迫る危機を直視しようとせず、空想に逃げる例えとして用いられる「オストリッチポリシー」。ただし実際のダチョウは、危険に遭っても、砂に頭を突っ込む習性はないとされる。高い知性を総じて備える鳥類のなかで、ややオツムが弱いという点が誇張され、伝説として独り歩きしたと解釈されている。
ところが今般、まさに「ダチョウ」的と思わざるを得ない振る舞いを見せたのが、ヤクルト本社による医薬品事業の舵取りだった。19年2月1日号で、新薬が途絶えて久しく、薬価と後発品のダブル圧力により黄昏を迎えた同事業の有り様を憂いながら、本心では奮起を期待したことがあった。だが、残念なことに、いよいよ最期の時を迎えたようだ。
5月半ばに公表されたヤクルト本社の23年3月期の連結決算。売上高は前期比16%増の4830億円、純利益は13%増の506億円と、いずれも過去最高を更新した。これを受け、年間配当は20円増配し110円とした。24年3月期も売上高は10%増の5310億円、純利益は16%増の585億円と続伸を見込む。
国内では高付加価値の乳酸菌飲料「ヤクルト1000」(量販店向けは「Y1000」)の販売が引き続き好調に推移し、海外も為替の円安傾向が利益を押し上げている。品薄状態が続くヤクルト1000、Y1000の増産に資するため、生産子会社の富士小山ヤクルト工場(静岡県小山町)を設立、来年3月の稼働をめざしていることも発表した。有卦に入るとは、まさにこういう状態のことを言うのだろう。
そんな華やかな数字や文言が躍る決算資料の片隅で、ささやかな異変が起きていた。長年、国内外の「飲料・食品」に続く位置付けにあった「医薬品」セグメントが、「金額的重要性」が減ったことを理由に、今期から「その他」セグメントへと溶かし込まれて消滅する運びになったのだ。化粧品の製造販売やプロ野球興行と一緒くたの扱いである。
もっとも、「ヤクルト ビューティエンス」と称して展開しているスキンケアアイテムにしろ、「東京ヤクルトスワローズ」にしろ、コアなファンに支えられ根強い人気を誇る。これらに反して「エルプラット」をはじめとする同社の抗がん剤類は、価格面を含めてブランド競争力を失って久しい。前期の事業売上げは▲24%の127億円へと縮み、営業損益段階で1億円の赤字に転落した。
医薬品事業をめぐっては昨年9月、当座の「延命策」としていた日本セルヴィエと結んでいた抗がん剤「オニバイド」のプロモーション契約が打ち切られ、米国セキュラバイオから18年に導入した「デュベリシブ」の承認申請は医薬品医療機器総合機構(PMDA)との協議の末に取り下げるという展開となった。今期中に増収をもたらす要素がまったく見当たらず、今年4月の薬価改定で約10%の価格引き下げを食らったことを加味すると、24年3月期の事業売上げは会社側が予想する100億円の確保も難しいと思われ、2ケタの億円にとどまる公算が強い。
必然、営業赤字の拡大は避けられまい。医薬品事業単体の収益開示を取り止める真の理由は、この赤っ恥を隠したいという思惑のほうではないかと疑いたくなる。