ビジネスモデルを変えようとすると、なんらかの軋轢が起こるが、それでもいつまでも従来のビジネスモデルのままで十分な収益を上げ続けられるほど簡単な時代ではない。軋轢の代表的なものは、カニバリゼーションとして出現するが、その悪影響を避けながら、あるいはその悪影響をものともせずに邁進できなければ、新しいビジネスモデルは成立しない。カニバリゼーション(以下、カニバリと略す)――日本語では「事業の共食い」と呼ばれる現象が、特に伝統的な企業を悩ませている。ビジネスモデル論の第一人者で早稲田大学ビジネススクール教授の山田英夫氏が書いた『カニバリゼーション 企業の運命を決める「事業の共食い」への9つの対処法』では、カニバリが起こる構造を解き明かしている。今回は、新しいビジネスモデルが伸長するためには、既存のビジネスモデルも維持しなくてはならない難しい舵取りが必要なブリヂストンの事例を紹介しよう。
リトレッド事業を拡大させる狙いはどこに?
世界的にタイヤが成熟期を迎え、ブリヂストンは、タイヤの貼り替え(リトレッド)事業を本格化させた。
そのために、リトレッドで世界最大の米国バンダグ社を買収し、リトレッドの全方式に対応できるようにした。
日本では新品至上主義が強く、欧米に比べてリトレッドは、これまであまり普及していなかった。リトレッドの顧客は、自家用車ではなく、走行距離の長いトラック、バス、タクシーなどの業務用ユーザーである。
リトレッドにおいてブリヂストンがこだわったのが、「自社台方式」であった。これは、ユーザーが自ら使用していたブリヂストンのタイヤをリトレッドするやり方であり、どこの誰が使っていたか分からないタイヤではなく、安心して使うことができる。
ユーザーはブリヂストンとTPP(トータル・パッケージ・プラン)契約を結べば、それにはタイヤ、工賃、メンテナンス等がすべて含まれており、「タイヤのことを考えなくてよい」ことになる。
特にタイヤ管理者の負担が重い中小の運送業者にとっては、有難い。リトレッドを利用することによって、ユーザーはタイヤのコストだけでなく、交換費用、CO2の排出、人件費の削減なども実現できる。
既存事業を減らすと、新しい事業も育たない
リトレッドは貼り替えの技術もさることながら、ビジネスモデル的にも非常に難しい。
第1にリトレッドは、新品タイヤの需要を食う可能性が高いが、ブリヂストンは「自社台方式」を採っているため、同社の新品タイヤが売れていないと貼り替えの母数が維持できない。すなわち、「新品タイヤの販売をできるだけ維持しながら、リトレッドを推進する」という難しい舵取りが求められる。
第2に、新品タイヤとカニバリするリトレッドを進めるためには、販売店、代理店の協力を得なくてはならない。リトレッドが普及すれば、販売店、代理店の新品タイヤの売上は減り、そうなるとチャネルの協力は得られなくなる。
そのためにブリヂストンは、リトレッドそのものはブリヂストンが行なうが、ユーザーからのリトレッドの受付窓口は、既存の販売店、代理店とし、そこにリトレッドの売上を立てるようにした。
カニバリゼーションは起こったのか?
こうしたチャネルへの配慮により、リトレッド開始時に流通からのカニバリの声はほとんど上がらなかった。
またブリヂストンは、東西に分かれていたリトレッド会社を合併させ、かつ100%子会社にした。これによって、外部にもブリヂストンの本気度が伝わり、安心感も高まった。
そして、新品タイヤの開発においても、後々リトレッドしやすいリトレッダビリティの高いタイヤを開発するようになった。
新品タイヤは既に成熟期に入っているためブリヂストンは、新品、リトレッド、メンテナンスなどを一貫して提供する「タイヤ・ソリューション」の会社に転身しなくてはならなかった。
こうして始めたリトレッド事業であるが、その売上高営業利益率は新品タイヤの倍近くになっており、今後は同社の事業の柱の1つになっていくであろう。