子どもたちが最も盛り上がる
1億円の持ち上げ体験

 さあ、子供たちが待っている。私と若手の担当で、支店内見学を開始する。児童の人数が多いことから、工夫して高学年、中学年、低学年と3グループに分け、難易度に合わせた説明を行う。

 店内では、見学中の事故だけは起こしてはならない。さらなる心配は、盗難と情報漏洩である。目のつくところに現金を放置していることはまずあり得ないが、それでも細心の注意を払わなくてはならない。

 また、顧客情報は情報資産と呼ばれている。現金と並んで、いや時にはそれ以上に重要である。店内にはそうした情報資産が至る所で目にできる。児童が携帯電話で隠し撮りし、SNSに流出すれば大事故につながる。思い出を記録したい児童たちに、携帯電話やカメラの持ち込み禁止としたのは、申し訳ないがやむを得ないことだった。

 それでも、ATMの裏側や貸金庫は普段見ることができない。銀行がどんな仕事をしているのか、貴重な体験になってほしいと願いながら誘導する。金庫室へ案内し、本金庫の扉を見せると、子供たちはその分厚さに目を丸くして驚く。毎朝、毎夕、この扉を開けたり閉めたりする私の毎日は、彼らの目にどう映っただろうか。

 会議室に戻ると、模擬紙幣と呼ばれる札勘定の練習用紙幣を使い、扇子のように紙幣を開いてみせる。模擬通帳を使い、口座開設のシミュレーションも行う。おこづかい帳の記録の仕方などを座学で教える。

 次に、銀行の仕事を紹介する。三大業務と呼ばれる預金業務、為替(振込)業務、融資業務について説明する。こうした小難しい説明は、高学年ならば少しは理解できようが、低学年では少々退屈なようだ。徐々に私語が目立ち始めるが、まあ仕方がないと思う。

 1時間半が過ぎた。最後の目玉に、銀のジュラルミンケースで運んできた1億円を抱き抱えてもらう。当たり前だが、1億円は1万円札が1万枚。1000万円の本封束が10束。それを重ね、ラップで固めて巻き、束が崩れないようにしてある。

 1万円札1枚は約1グラム。1000万円の束が約1キロ。合計の重さは約10キロとなる。高学年が、両手でやっと持ち上げる。低学年は、後ろから支えてあげないと持ち上がらない。

「すげー、1億円だー!」

「マジ、重ーい!」

 例年、この瞬間が一番盛り上がる。支店長の退屈な挨拶で斜に構えていた高学年女子も、とびきりの笑顔を見せている。

「オレのランドセルのほうが重いぜ!」

 こう叫んだのは高学年の男子。1億円の価値を十分に理解していない中で、自分が身につけている物と比べただけの発言だが、実に正直で、無欲で、清々しい。そんな姿を見つめながら、私は子供とキッザニアに行ったことを思い出していた。幼い娘は、消防服を着て放水していた。純粋に楽しんでいることがよくわかった。