転職・退職が珍しくない証券業界において、新たな人材流出の流れが起きている。より顧客本位の業務を実践するIFA(独立系ファイナンシャル・アドバイザー)へ、転身する人材が増えているのだ。デジタル革命以後、旧態依然の証券業界が抱える問題を提起する。
退社を決断した理由
東京・大手町のカフェに時間通りに着くと、すでに二人の若者が待ち構えていた。きちんとした身なりで、さわやかな笑顔。それはあれこれと頭に浮かべた人物像のどれにも当てはまらないタイプだった。
この日、出会ったのは平行秀、松岡隼士の両氏である。大学の同じゼミで1年次違いの両氏は2011年、2012年に相次いで野村證券に入社。平氏は新宿野村ビル支店、松岡氏は横浜支店を振り出しに優秀な実績を上げ、その証として、平氏は海外修練生としてロンドンに派遣され、松岡氏は本社ソリューション・アンド・サポート部に異動した。将来を嘱望されている社員の典型的なエリートコースといえる。
ちなみに海外修練生は、優秀な営業実績を上げ続けた若手社員の中から選りすぐられた者にだけ与えられる、1年間の海外研修制度である。一般的な留学制度ではなく、自分の興味ある分野の知見を高めることを目的としている。一方、ソリューション・アンド・サポート部は全国の営業拠点で汗を流す営業社員たちを支援する本部セクションだ。やはり、すぐれた実績を築いて社内で高い評価を得なければ、その部署には配属されない。
したがって、2019年春、入社9年目の平氏と8年目の松岡氏が揃って辞表を提出するとは、おそらく社内の誰もが予想していなかったにちがいない。しかし、退職するまでの間、悩みを深めていた彼らは、しばしば電話で相談していた。当初は「野村をこういうようにつくり変えたいね」という会話だったが、次第にその内容は変わっていった。会社任せではなく、「自分たちの力で新たな証券ビジネスが生まれるプラットフォームをつくろう」と。
会社を変えるのではなく、「証券ビジネスの根幹を自分たちが変える」という、途方もない決断をしたのだ。
その出発点はどこにあったのか。実は「営業目標の達成はさほど難しいことではない」と言い切る彼らが、日々の営業活動の中で浮かんだ疑問からだった。それはきわめてベーシックであり、したがって、本質的な問題への疑問でもあった。
「私たちの職場では、なぜ、顧客が担当者を選べないのか」
「なぜ、私たちは職場で自分たちの転勤、キャリア、実績数字の話しかしないのか」
職場では「顧客が主語となるような会話はまったくなかった」と二人は振り返る。