たぶんフランス革命あたりのことを言ってるんだろうけど、「革命が簡単」とかってなに言ってるんだろうこの人は…。世界史履修者のケンジはドラクロワの絵を思い出しながら呆気にとられている。

 嶋野の援護を受けつつ、末席は話を承ける。

「そうですね、王政を倒して近代(市民)革命が成功に終わると、それでメデタシメデタシかというとそうでもなくて、じつはそれからが大変なのでした。『自由』と『平等』は必要だし重要なので勝ち取ったのはいいとして、でも手に入れてみると、その両立はかなり難しいものだったのです」

 ケンジは頷きながらも、経済学の説明のはずなのに、なぜ世界史と社会学の話になっているのか、見当がつかないでいる。末席はそれを見越して、復習を促すように言った。

葛藤のモデルが必要なワケ

「絶対的な宗教家や封建領主による支配を脱してヤレヤレと思ったとして、こんどは市民同士が『自由』尊重派と『平等』重視派に分かれてしまう。自由に任せると、強い人と弱い人の差が出てくる(自由競争の帰結)。でもそうなると、こんどは『自由』の行使の幅が人によって異なってきてしまう(強者による支配の可能性)。それを修正(富の再分配などで)したほうがいいのではないか、あるいはどのくらいしたほうがいいのか。自己責任によるべきなのか、不平等をかなり是正するべきなのか。これが、第9回の『リバティvs.リベラル』の構図につながってくるわけですね!」*6

*6 フランス革命(1789年)で、絶対王政に基づいた旧体制(アンシャン・レジーム)は打ち破られ、市民(といういわゆる「ブルジョア」)たちによる共和制が実現したが、わずか10年後にはナポレオンの帝政(1799年)に取って代わられ、短命に終わる。これは、革命を成功させた仏貴族たちがこの難問に手こずったことが(たとえばジロンド派(=穏健派)とジャコバン派(=急進派、議会の左翼に陣取ったことから「左翼(左派)」の語源に)の抗争などを参照)、のちにナポレオン皇帝の独裁を招いたという見方がある。

 ケンジはあわてて第9回を読みなおして言った。

「なるほど、リバティ=自由主義=自己責任論と、リベラル=社民主義=社会構造論の天秤だというわけですね」