本連載では、上場企業の代表やアセットオーナーなどへのインタビューを通じ、ステークホルダーとの対話や対外戦略におけるヒントを探っている。5回目は、コーポレートファイナンスを専門とする宮川壽夫・大阪公立大学教授。
「財務指標の向上ありき」の議論に疑問符
──東京証券取引所による企業価値向上の要請により、資本コスト・資本収益性を意識した開示や、大規模な株主還元に踏み切る上場企業が多く見られます。これらの動きをどのように評価していますか
財務指標ありきの議論が先行している印象だ。株主価値とは企業が将来獲得するキャッシュフローの割引現在価値、すなわち将来の予測のキャッシュフローを将来のリスクで割り引くことで求められる。予測は市場によって形成され、投資家はリスクに見合う正当なリターンを求めて行動する。もしもすべての投資家が利用できる情報を、コストをかけずに市場に反映することができれば、最大化された株主価値が均衡点として市場で観測されることになる。
従って、資本コストを上回るキャッシュフローの獲得が予測されると、株主価値は拡大する。言い換えると、資本コストは主に企業が行う事業のリスクに対応するため、同じリスク/リターンを持つ他の企業との間に何らかの差別化が認められると、株主価値は均衡点を離れ、拡大に向かう。その差別化は通常、企業の競争優位によってもたらされる。これが戦略論の知見だ。
本来は、企業の競争優位を事後的に観察するためのパラメーターの一つとしてROE(株主資本利益率)などの財務指標があるはずだ。「すべての企業は無条件にROEを高めるべき」という論調は、企業経営の複雑な実態を過度に単純化しているのでは、と違和感を覚える。