逆に言えば、御家人たちは将軍という地位がなくとも、「頼家様が二代目だ」と認めていたということになるでしょう。

 ですから、征夷大将軍に任じられたらその人は幕府のトップであり、武家の棟梁になるという、ある意味では当たり前のことが、実は当たり前ではないのです。これまで見てきたように、征夷大将軍にならなくとも幕府のトップになれるのですから。

 それでは、幕府のトップ=武家の棟梁を決めるのはいったい誰なのでしょうか。

 源頼朝は、御家人から自分たち東国の武士を代表する棟梁として支持されることで、鎌倉幕府という政権を作りました。

 室町幕府になると、将軍の下に守護大名たちによる合議組織があり、これが将軍を支えるというかたちを取ります。仮に鎌倉公方・足利持氏が自分が将軍だと言い張り、朝廷から「征夷大将軍」に任じられたとしても、管領以下の守護大名たちが支持しなければ、やはり武家の棟梁として立つことは難しいのではないでしょうか。

 そのように考えたとき、武家の棟梁を決めるのは、「家臣の合意」だったのではないか。家臣たちによる下からの決定・支持が武家の棟梁を決めたのではないかと思うのです。

将軍と家臣の「仁義なき戦い」
神輿になれる人物の条件とは

 しかし、家臣が自分たちのトップである将軍を決めるということになると、今度は別の問題が浮上してきます。それは、仮にその家臣がより力を持ち始めたら、将軍はただのお飾りとなり、傀儡化してしまうのではないかという問題です。

 家臣たちが実力を持っているならば、下手に将軍が実力を発揮して掻き回すのではなく、ほとんど神輿のような状態で担がれるだけのほうがうまく回るとも言えます。

 例えば、映画『仁義なき戦い』で松方弘樹演じる山守組の若頭・坂井鉄也が、金子信雄演じる山守組長に、「親のやることにいちいち口出すな。親のわしがやることが気に入らんのじゃったら盃返して出てけ」とまで言われて、「あんたァ、はじめからわしらが担いでいる神輿じゃないの。組がここまでなるのに誰が血ィ流してるの。神輿が勝手に歩ける言うんなら歩いてみぃや。あァ!?わしらの言う通りにしとってくれりゃァ、わしらも黙って担ぐが。のぅ、親父ッさん」と凄むシーンがあります。

 結局、松方弘樹扮する坂井鉄也は劇中で殺されてしまうわけですが、下の者の合意で決めるということが続き、やがて下の者が力を持つと、今度は上の者が神輿化することはよくあるわけです。神輿化した権力者は、権力とは名ばかりで、自分では歩くことができないし、担いでもらわなければ権力者ですらないということになります。