「現在多くのコメ農家の担い手は高齢者です。台風で田んぼを見に行くのは、稲の被害が心配だからと思われますが、高齢者の場合、若いころに比べて判断力や体力が低下しています。気象の変化で気圧が下がり、アドレナリンが分泌された状態で田んぼを見に行くと、命を守る判断力と現場での体力が思いのほか奪われ、最悪の場合死に至ると考えられます」

 大雨の時は現場に行って水路の調整をしたほうが良いこともあり、とっさの判断力と体力が求められる。また、生活がかかっているという切迫感や責任感もあるだろう。

「自分が頑張って耕してきたものがなくなるかもしれないと思えば、心配になって見に行きたくなるのは自然なことです。しかし、実際に危険を顧みずに行動を起こしてしまうのは、ある種のパニック状態に陥っているといえるでしょう」

 同居する家族が台風のなか外出しようとしていたら、「危ないから行っちゃだめ」はもしかしたら逆効果になるかもしれない。きっと本人も危険なことは重々承知しているからだ。冷静に「気持ちはわかるけれど、低気圧の影響で不安に駆られているだけだから」と諭すと良いそうだ。

「突発的な行動を起こすのはご自身の意思ではない可能性が十分あるので、ご家族は気をつけたほうが良いでしょう。あらかじめわかっていれば、精神安定剤を飲ませるのもひとつの解決策です」と渡邊医師は提案する。

家族や周囲が気にかけることで予防効果も

 気象病や熱中症、低体温症など、気象の変化が原因で起こる病気は最悪の場合、人間の生命を脅かしかねない。このことについて渡邊医師は次のように語る。

「スマートフォンやAI(人工知能)など文明が発達することで人間自身がコンピューター化し、生物であることをだんだん忘れがちな世の中になっています。気象が原因となる病はある意味、人間は動物であり、周囲の変化に非常に影響を受ける存在だということを気づかせるものと言えるでしょう」

 突発的で危険な行動に走ってしまうのは、自分の本意ではなく、天気にそうさせられている可能性もある。たとえどんな理由があっても、命は大事にしたいものだ。このことを頭に置き、家族間で情報共有しておこう。悲しい事故を防ぐために。

(文/酒井理恵)

AERA dot.より転載