不安がらせるだけでは
人々は耳をふさいでしまう
――素材の分離やトレーサビリティの技術向上がポイントですね。
eri その通りです。これからのモノづくりは、今使っている人の、次の人も、そしてその次の人も使えるように、考えてつくらなければならない。でも、服をリサイクルしようにも、衣料の素材の分離というのは非常に難しいんです。現状、日本含めどの国もほとんどできていません。
例えば「コットン50%、ポリエステル50%」の服というのは、「コットン」としても「ポリエステル」としてもリサイクルできず、燃やすか、埋め立てるか、細かくシュレッドしてウエスにするしかなく、循環させることができない。ファッションにおけるサーキュラーな流れに入れることができないんです。素材の分離技術というのは、服のリサイクルにおいて最大のボトルネックであり、今、急速に研究・開発が進められています。
この技術が確立されるまでは、服の生産は、素材選びに慎重にならなければいけませんし、私たちも服を選ぶ時は、コットン100%のものなのか、ポリエステル100%のものなのかといった、モノマテリアル(※製品が単一の原料や素材でできているもの)なのかどうかも判断基準にすると良いかもしれません。
服に関する知識を有しているはずのファッション業界でも、意外とそのことはまだあまり認識されていません。先日、日本でも数少ない「繊維学部」を擁する長野県の信州大学を訪れ、学部長の森川英明先生や、環境材料化学や繊維材料化学などがご専門の田中稔久先生に、繊維やリサイクルに関する最新の技術や情報をいろいろと伺いました。私自身、もっと学ばなければいけませんし、学んだことをみなさんとシェアしていきたいと思っています。
――なるほど。人の価値観を変える、人を動かす、ということに目が行きがちですが、どんなに啓蒙をしてもそれは本当に難しい。行政や企業がトップダウン的に、自然に人がそのように行動するような技術開発や仕組みづくりを行う必要があると思っていたので、納得できるお話でした。一方で、そうした選択肢が増え、いよいよ人のマインドセットを変える段階となったとき、環境問題に関心はあるけれどなかなか行動に移せない、という人を後押しするために必要なものは何だと思いますか?
eri 「エシカル(※人や社会、環境に対して倫理的)な消費活動をしたい」「できることなら環境を大事にしたい」「得た知識を教えてあげたい」と思う人は多いはずです。そうした「やりたがり」の気持ちをくすぐることも重要だと思います。
例えば、世界各地のデータセンターは、膨大な電力を使用しています。また、冷却用に多量の水を使うため、近隣に環境破壊をもたらすこともあります。そのため、不要なメールを削除することで、サーバの負荷を下げることができます。1人が行ってもあまり変わらないと思うかもしれませんが、その行動が広まれば、間違いなくサーバの負荷は下がるはずです。自分でちょっとしたことを実践しつつ、そのことを人に話す。するとその人はそうした豆知識をほかの人に話したくなる。その連鎖が人々の行動を変えていくきっかけになるのではないでしょうか。
『市民的抵抗 非暴力が社会を変える』の著者で、ハーバード大学大学院教授のエリカ・チェノウェスさんは、「3.5%セオリー」で一躍有名になりました。「国の人口の3.5%が非暴力で立ち上がれば、社会は変わる」という研究です。皆が皆、政治的なアクションを起こさずとも、社会を変えることはできるんです。
たばこが良い例ですよね。一昔前は、歩きたばこはそこら中で行われていましたし、飛行機や電車の中でも吸うことができました。でも今では飛行機や電車の中でたばこを吸おうものなら取り押さえられてしまいます。「なんとなく」みんなが、分煙や禁煙へと社会を変革したのです。
プラスチックなどのゴミの分別も、現代では当たり前に行われるようになりましたよね。誰かが声を上げてデモをしたわけではなく、「なんとなく」みんなが、ゴミの分別へと社会を変革しました。全員が「プラスチック製品を使うのをやめなければ」という意識になる必要はないんです。ただ、「これからの世の中はこうなっていくんだな」という認識を持ってもらうことは大切です。
たとえプラスチック製品を使っていても、実はそれはリサイクルされたプラスチック製品だった、といった具合に、皆が気づかないうちに社会のインフラ自体を循環型にしていくことも重要だと考えています。
「現在、気候変動で世界中でこれだけの災害が起きている」「このままでは私たちもこれまでの生活が送れなくなる」と今の現状を説明すると、めちゃくちゃ暗い話になってしまう。不安がらせるだけでは、人々は耳をふさいで行動しなくなってしまいます。
ですので、逆に言うと「技術」がとても大きな羅針盤になると思っています。この先の明るい未来を思い描いて、希望を持って行動に移してもらうためには、「こういうオルタナティブな技術がある」「このように法整備が進んでいる」ということも同時に伝えていく。ですので私は、新技術や新しいインフラ、システムについて常にアンテナを張って探して、発信するようにしています。
私自身、ファッション業界の者なので、デザイン的にかっこいいものやかわいいものがあれば、それをどんどん紹介していく。それによって「私も欲しい」「私も使ってみたい」という関心を広げていく。日々、そうした事例を見つけては、SNSでシェアするようにしています。そのことはかなりプライオリティを高くして実施しています。
環境問題へのソリューションになるような行動が、「楽しくできる」「面倒くさくない」「いつの間にかそうなってる」「それが当たり前の状態」といったものになるように、多角的なアプローチや工夫が重要です。技術開発と社会変革がうまく組み合わさったときに、一気に新しい時代に向けて加速するのだと思います。
――これから注力していきたいことは何でしょうか?