三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第23回は、高井さんが驚きの「令和版・証券民主化」を提言する。
日本人の「貯蓄好き」の原点とは?
藤田家の当主は孫娘と友人ふたりに、貯蓄好き・投資嫌いは日本人の国民性とは関係なく、戦時体制と戦後の復興期の政府のキャンペーンの産物だと指摘する。時代は「貯蓄から投資へ」と転換し、自立した個人にとって投資は欠かせない営みだと説く。
戦中は戦費調達のため貯蓄が推奨され、戦後も官僚の差配のもとで国民の貯蓄がインフラ整備と外貨獲得のための輸出振興に費やされた。作中では「日本人は約80年にわたって貯蓄し続けた」と語られる。このストーリーは大筋で正しい。補足として、戦後のごく短い期間、マネーの流れが逆回転した場面があったのを付記しておく。
現在、日本の株式市場の主役は海外投資家だ。2022年度時点の外国人持ち株比率は金額ベースで30%に達する。一方、国内の個人の持ち株比率は18%程度にとどまる。ちなみに単独で最大の「株主」は大量のETF(上場投資信託)を抱える日銀。中央銀行が全体の約7%を握るいびつな構造はこの10年で日本が抱えこんだ大きな宿題だ。
移ろいゆく「株式会社ニッポン」のオーナー
現在2割弱の個人持ち株比率は、戦争終結直後、何%くらいだったかご存じだろうか。実は、戦時に閉鎖された証券取引所が再開した1949年時点で、個人は日本株の7割を保有していたのだ。背景にあったのは占領軍による財閥解体。正式な取引所の再開前から財閥保有株が個人に解放された。いわゆる証券民主化だ。その結果、個人投資家は株式会社ニッポンのオーナーになった。
だが、それは長続きしなかった。株式取引の再開直前の49年3月、インフレ退治のため財政・金融の大幅な引き締めを断行する「ドッジライン」が打ち出され、日本経済は深刻なデフレ不況に突入。株式市場は暴落し、個人の投資熱は一気に冷めた。個人の株式離れ・貯蓄シフトと歩調をあわせて、旧財閥系列などを軸とした企業グループ間や取引金融機関で互いの株式を保有する株式持ち合いが拡大。バブルの一時期を例外に、「株を持たない日本人」のイメージが定着していった。
ここ数年のコツコツ投資ブームに2024年からの新NISAが加わり、投資への関心は高まっているが、今の個人マネーは海外に向かう傾向が強い。日本企業の個人株主の7割は60歳以上の高齢層が占めるというデータもある。投資先の選択は個人の自由だが、日本企業の生み出す富の恩恵を日本の家計、特に若い層が受けるパイプはもっと太くても良いのではないか。
この視点から私が夢想しているのが「令和版・証券民主化」だ。
原資は日銀保有のETF。これを若い世代に無償で配布する。15歳未満の人口は現在約1450万人。50兆円にのぼるETFの半分を配れば、1人当たり百数十万円になる。出生数は年間80万人程度まで減っているので、同額を新生児に支給しても20年ぐらいは継続できる。成人になるまで換金制限をつければ、短期的な株式の売り圧力の懸念もない。無論、NISAのような枠を用意して、投資収益は非課税とする。
実現のハードルが高いのは承知だが、このアイデアはいくつかの日本の課題に対する答えになり得る。パッと思いつくだけで、日銀のETFの出口戦略、「貯蓄から投資へ」の加速、若年層への所得移転、子育て・教育費支援の拡充――などが思い浮かぶ。未成年向けの手当てが穴となっている新NISAの補完にもつながる。
「一石五鳥」の妙案だと思うのだが、いかがだろうか。