日本の中高年は新たなスキル獲得が苦手か?
スキル獲得の3つの大原則

モハン氏Mohan Reddy
SkyHive Technologies Holdings Inc. CTO、共同創立者。機械学習/深層学習システムの実践的技術者であり、スケーラブルなシステム構築、ロボット工学、計算論的神経科学が専門。SkyHiveの技術力とイノベーションの開発および提供の全側面を監督。前職では米カリフォルニア州パロアルトにあるThe HiveのCTOを務め、多くの新興企業を共同設立した。25年のキャリアの中で、Zynga、IBM、Schlumberger、Expedia/Travelocity/Sabreなどの複数の企業で、数億人のユーザーにスケールするプラットフォームの設計と構築を担当。現在、スタンフォード大学ヒューマンパーセプションラボのアソシエイトディレクターを務め、生物医学工学の学士号、電気工学の修士号、計算機ファイナンスを専門とするMBAを取得している

Mohan Reddy(以下、モハン) 世界の労働市場にはいくつかのパターンがあり、それぞれ非常に地域特性が高いといえます。その国の独自の産業が伸びることで、産業全体が独自の方向へ収斂(しゅうれん)していくからです。

 日本でも独自の産業が伸びた結果、終身雇用という慣例が生まれ、転職をあまりしない労働市場が形成されました。そしてこの(労働の)システムは長く継続する傾向にあります。このように、転職への意識という点で、日本と北米は大きく違います。

 一方で、技術職において、日本と北米に共通点もあります。データサイエンスやデータエンジニアリングのような仕事では、多くの人がクラウドのツールを利用していますが、必要とされるスキルにそれほど大きな違いはありません。

 ただ、デジタルスキルの需給バランスは業界によってばらつきもあり、大きな需要がある業界もあれば、今はまだそれほど需要はないけれども今後大きく需要が伸びる余地のある業界も、あります。

ショーン 人口動態(※一定期間中における人口の変動の状態)において、日本と欧米諸国では大きな違いがあります。2023年9月に世界経済フォーラムが発表したデータによると、日本企業の40%が、70歳以上の人材を採用しています。「労働力の高齢化」という日本の特徴を物語っています。

 もう一点あります。労働力というのは、世界的な傾向では、経済の成長に応じて、初級、中級、上級といったレベルの間には差が見られるものです。しかし日本の分布を見ると、この3つのレベルの間には差があまりありません。これは、終身雇用などの日本の労働システムが長く続いた結果であると考えられます。

――日本では、中高年のビジネスパーソンは「この年で新たなスキルを身につけることは難しい」とあきらめてしまいがちです。

ショーン氏

ショーン スキル獲得のためには、いくつかの原則があります。

 第1に、「スキルを身につけるための教育」が必要です。公教育や個人的な教育、体験による技術習得やOJTなどですね。その際、「実際にスキルを身につけるためのアクセスのしやすさ(アクセシビリティ)」も重要です。リスキリングの機会は中高年が利用しやすいものなのか? リスキリングできる研修や機関は知られているのか? どこに行けばそれが受けられるのか? それを受けるための経済的、あるいは時間的な余裕はあるのか? 政府や企業などの政策立案者はこれらを意識する必要があります。

 第2に、「スキルを習得する際の経験(研修)の質」が大切です。それに伴い、スキルを習得するまでの過程や研修内容は質の高いものだったか、低いものだったか、目標とするスキルはきちんと習得できたのか、これらを測定する評価体も必要になります。評価体は、学習者、つまりスキルを習得する人にとってももちろん重要ですが、雇用者にとっても、スキル習得の経験に対する信頼性を測る上でも重要です。また、政府、規制当局、認証機関、教育者など、評価を与える側は、中高年特有の個別の学習ニーズを理解していなければなりません。

 そして何より重要なのが、「新しいスキルを身につけたいと思うインセンティブ」です。教育、アクセシビリティ、質の高い経験(研修)、評価体系があったとして、「その人は何のためにそのスキルを身につけようとしているのか」「その目的に対してスキルを応用できるのか」「スキルを身につけたいと思う人たちが、スキルを獲得したあかつきには、それを活かせる仕事に就けるのか」。

 私たちは、こうしたインセンティブについて研究したことがあります。その時のデータでは、年齢が上がるにつれてインセンティブは多様化していました。出世や転職、雇用のためではなく、起業、ボランティア活動、生涯教育を目的とする人もたくさんいました。つまり、「個々のインセンティブに応じて応用できるスキル」が必要なのです。

「生活費を稼ぐためにスキルが必要」「ビジネスパーソンとしてのスキル向上」「ボランティアで活かしたい」「教員として勉強を続けたい」――。人はそれぞれ、何か目標があって、そのために学び続けたいと思っています。

 中高年はリスキリングできるのか? という問い答えるとしたら、答えは絶対に「イエス!」です。スキル獲得の学習の場を提供する側は、「学習者それぞれのインセンティブを理解しているかどうか」が最大のポイントだと思います。

――スカイハイブでは、今、お話くださった中でどの領域をカバーしているのでしょうか?

ショーン それは「車での移動」に例えることができます。

 A地点からB地点まで、できるだけ短時間で行きたい。そのためには3つの要素が必要です。「運転手」「車」「地図」です。運転手は、労働者、つまり「学習者」です。車は、インセンティブ、アクセシビリティ、学びの経験、評価、スキルの適用という「リスキリングのサイクル」です。

ショーンさんが書いている

 そして「地図」に当たるのがスカイハイブで、それが私たちのカバーする領域ということになります。

 昔の紙の地図やカーナビは最新情報を反映していないなどの問題がありましたが、今はGPSがあるので、出発地と目的地を入力すれば、GPSが正確な最短ルートを教えてくれます。テクノロジーを駆使して、交通渋滞や事故、通行止めの状況などもわかります。私たちが提供するのは、最新テクノロジーを活用した地図なのです。

 スカイハイブのシステムを使えば、自分のこれまでの職務経験、人生経験、教育経験に基づいたスキルセットを、世界の労働市場で起こっているリアルタイムの変化の中で「活かせる場所があるのか」「どのように活かせるのか」「より早く、より高い収入を得るには、今のスキルをどのように活かせば良いか」「雇用主が必要とするスキルに合った、質の高い研修を受けられるか」「その仕事は個人としての自分をどう変えていくのか」といった、細かな情報を知ることができます。

 そして私たちの目標は、これらすべての情報に、誰もが簡単にアクセスできるようになることなのです。私たちはこの仕組みを「スキル・パスポート」と呼んでいますが、このスキル・パスポートを地球上のすべての人間が持つようになれば、「世界をリスキル」したことになります。