仕事が予定通りに進まない。休みの日にしようと思っていたことが片付かない。そんな経験は誰にでもあるのではないだろうか。プライベートならまだしも、仕事が押すと他の人にも迷惑をかけることになりかねない。『イェール大学集中講義 思考の穴──わかっていても間違える全人類のための思考法』の著者で、イェール大学で心理学教授を務めるアン・ウーキョン氏は、「計画を立ててもうまくいかない原因は、ある認知バイアスによるもの」だと指摘する。その認知バイアスのせいで、どんなに綿密に計画を立てていたとしても遅れてしまうことがあるという。本記事では、本書の内容をもとに認知バイアスについて解説する。(構成:神代裕子)

思考の穴Photo: Adobe Stock

予定を立ててもその通りに進めるのは困難

 多くの仕事には締め切りがあり、それを守るために私たちはスケジュールを立て、作業の見積もりをする。

 仕事に限らず、夏休みの宿題でも大掃除でも「この日までにこれを終わらせて、この日からはこれをして」といった予定を立てて臨むことが多い。

 しかし、その予定をいつも「絶対に守れる」「予定が狂ったことはない」と自信を持って言える人はあまり多くないのではないだろうか。

 締め切りの日が迫ってくるにつれて「やばい、全然できていない」と焦る。そんな経験は誰もがしたことがあるに違いない。

 そういった状況に陥るには人によってさまざまな理由があるはずだ。

 単に自分が作業に集中できなかったからということもあれば、「車が故障してしまった」「子どもが突然体調を崩してしまった」といった予想外の出来事もあるだろう。

 もちろん、まだ小さいお子さんや介護の必要な家族がいる人は、そういった出来事を予測しつつ予定を立てていると思うが、それでもなかなか思ったように物事は進まないものだ。

「流暢性による錯覚」が見積りを甘くする

 このように、何かを完了させるのに必要となる時間と労力は、少なく見積もられることが多い。これを「計画錯誤」という。

 この計画錯誤は、認知バイアスの一種である「流暢性」(りゅうちょうせい)による錯覚から生じる。

 流暢性による錯覚とは、例えば「アイドルが簡単そうに踊っている様子を見ると、自分も踊れる気になってしまう」「簡単に理解できる本を読んでいると、その本は書くのも簡単だったのだろうと感じてしまう」といったことだ。

 頭のなかで簡単に理解できることは「簡単だ」と思い込んでしまうのだ。しかし、実際に真似してみると全然できないといったことが起こる。

 本書の著者であるアン・ウーキョンは、この流暢性による錯覚が、計画を予定通り進められないことにも影響していると指摘する。

過信と希望的観測に要注意

 アンは、計画錯誤が生じる原因のひとつとして「希望的観測」を挙げる。

人は自分が携わるプロジェクトに関しては、遅れずに、なるべくなら早めに完了し、あまりお金がかかりませんようにと願う。こうした願望が、計画の立案や予算の編成に反映されてしまうのだ。(P.51)

 また、計画錯誤は「過信」の一種といっても過言ではなく、流暢性による錯覚から生じるのも重要なポイントだ。

プロジェクトの進行計画を立てようとすると、「どう進めるべきか」という点に気を取られ、成功させるうえで必要になることにしか意識が向かなくなる。プロジェクトがたどるべき過程を頭に思い描き、想像ですべてが順調に進めば、過信が生まれてしまう。(P.51)

 順を追って詳しい計画を立てることで、「難なく実行できるという錯覚が生じる」のだ。

 本書には、実際に計画錯誤が生じた有名な例が挙げられている。

1.シドニーオペラハウスの建設(オーストラリア)
当初は700万ドルの予算が組まれていたが、最終的には規模が小さくなったうえに費用は1億200万ドルかかった。また、完成までにかかった時間は当初の見積もりより10年延びた。

2.デンバー国際空港の建設(アメリカ)
当初の見積もりより費用が20億ドル以上膨らみ、完成まで16か月長くかかった。

3.ボストンのビッグ・ディグ事業(アメリカ)
高速道路の地下化を目指したものだが、当初の予算を190億ドル超過し、完成が10年遅れた。

 このように、きっと綿密な計画のもとに進められたであろう大きな建設プロジェクトであったとしても、激しい計画錯誤が生じているのだから驚きだ。

 では、一体どうすれば実現可能な予定が立てられるのだろうか。

2種類の障害が計画を妨げる

 アンによると、「ひとつのタスクを複数の小タスクに分解すると、計画錯誤が軽減される」といった研究があるという。

 その研究を受けて、アンは「タスクの詳細を紐解くと、想像していたほど簡単ではないと思い知らされるのだろう」と語る。

 とはいえ、それでも前述した流暢性による錯覚が生まれる可能性は無くならない。

 そういった錯覚に対応するにはどうしたらいいのだろうか。

 その対策の一つとして、アンは「頭でシミュレーションするときに、計画遂行の障害となり得るものを思い浮かべて流暢性に淀みを生じさせる」ことを提案している。

 この際、思い浮かべるべき障害は2種類あるという。一つは、計画を立てる対象となるタスクと直接的に関係のある障害だ。例えばクリスマスプレゼントの買い物なら、買おうと持っていたものが売り切れるかもしれない、といったことがこれに該当する。

 もう一つは、買い物に無関係な障害。たとえば風邪で寝込む、飼い猫が迷子になるといったことだ。しかし、そういった思いがけなく発生する不測の事態は、計画に組み込むのは難しい。

見積もりより50%多く、時間を確保する

 アン自身は「つねに最初の見積もりより50パーセント多く時間を確保する」ことで不測の事態に備えているという。

 たとえば、2日あれば原稿の確認ができそうだと思っても、担当者には「3日以内に確認して返す」と告げる。シンプルだが、誰にでもできるリスクヘッジだ。

 ライターである筆者も、締切が常にある生活だ。見積りが甘かったと頭を抱えることも日常茶飯事である。

 本書を読んで、実現可能で持続可能な予定づくりに取り組んでいきたいと切に感じた。