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相続で制度の壁にぶつかったり、相続人同士がもめたりするケース、いわゆる“争族”のリアルを現役弁護士が伝える本連載。今回は、「変な遺言書」シリーズ第2弾として、資産家と30年間の事実婚を続けた女性を待ち受けていた悲劇について紹介します。(弁護士 依田渓一、執筆協力/経堂マリア)

「内縁の妻」が見た地獄とは

 これから記すエピソードは、少し奇異に思われる設定かもしれませんが、実際に筆者が相談を受けた事案をベースにアレンジしたものです。事実は小説よりも奇なり。まずはご一読ください。

【とある家族の相続物語】

 私の人生、なんだったんだろう――。柏木妙子(60)は何度目かのため息をついた。

 中島敏夫と生活を共にして約30年、晩年は体を悪くした彼を10年間も献身的に介護し、偏屈な彼をいつも一歩下がって支えてきた。彼――。そう、妙子と敏夫は法律上の夫婦ではなかった。結婚は妙子の夢だったが、事実婚を望む敏夫に従い、内縁の妻を30年続けてきたのだ。そして敏夫は先日、70歳でこの世を去った。

 敏夫はかなりの資産家でカネは有り余るほどあったが、不動産嫌いだったので持ち家はなく、都内の高級賃貸マンションでずっと妙子と暮らしてきた。子供はできず、双方の両親は既に他界している。

 晩年、敏夫は懸命に介護をする妙子にこう言った。

「遺言を書いておいたから、今後の生活は心配いらないよ。私に何かあったら、金庫の中の封筒を、税理士の大塚先生に渡しなさい」

 妙子は小さく笑って受け流したが、うれしかったのも事実だ。身勝手で頑固な敏夫だが、自分が死んだ後の“妻”の生活を案じてくれている。そのことが何よりうれしかったのだ。

 敏夫が亡くなると、妙子は言われていた通りに金庫を開けて、封筒を顧問税理士の大塚に渡した。大塚は、事前に敏夫から遺言のことを聞かされていなかったらしくやや戸惑ったようだが、封のされていない封筒から慎重に遺言書を取り出した。そこにはこう書かれていた。

「私が死んだら、全ての預貯金は内縁の妻である柏木妙子に取得させる。遺言執行者は顧問税理士の大塚正史氏とする」

 やはりあの人は、誰よりも私のことを考えてくれていた――。妙子は胸がいっぱいになり、こみ上げる涙を必死にこらえた。

 ところが数日後、妙子は大塚から思いもよらない事実を聞かされた。なんと、敏夫の預貯金は数百万円程度にすぎず、資産の大部分は上場株式であるというのだ。

 遺言書には、妙子に取得させるのは「預貯金」としか書かれていない。株式は「預貯金」ではないから、結果として妙子は敏夫の遺産の大部分を相続できないことになる。残りの遺産は、敏夫に子も親も兄弟もいない以上、全て国庫に帰属することになってしまう。

 それでも大塚は、この遺言で妙子が上場株式を相続できないかと証券会社に掛け合ってくれた。しかし、担当者からは「無理」との回答と、加えて、「そもそもこの遺言では遺言執行者には株式に関して遺言執行する権利も与えられていない」とのコメントが返ってきたという。

 預貯金が数百万円しかないことを敏夫は分かっていたはずではないか。それなのに、なぜわざわざ「預貯金を相続させる」と書いたのか――。

 いや、単に書き方を間違えただけなのかもしれない。言葉の通り、妙子に「全て」を残すつもりだったのかもしれない。でも、でも――。敏夫はもしかすると、最初から妙子に財産を相続させる気などなかったのではないか。事実婚にこだわったのには、こういった理由もあったのではないか――。

 さまざまな感情が渦巻いては消え、むなしさだけが広がる。ここ数年の疲労が、突然大きな鉛のように妙子の細い肩にのしかかった。

 打ちのめされる妙子の様子を見て、大塚の心中も複雑であった。敏夫が本当に全財産を妙子に残すつもりで、単に書き方を間違えただけなのなら、あまりに不幸な話だ。一方、敏夫が遺言書通り数百万円しか妙子に残すつもりがなかったとしても、一身に介護をしてきた妙子が少しでも報われるような手はないものか。

 妙子は、大塚の勧めで、大塚が懇意にしている弁護士に相談してみることにした。

【相続の疑問点】

「預貯金」を相続させるとの遺言では、有価証券は相続できないのか。仮にできない場合、内縁の妻だと有価証券を全く相続できないことになってしまうのか。