情緒的な価値づくりに技術を生かす新たなチャレンジ
──実際に伴走したプロジェクトにはどのようなものがありますか。
吉備 「Future Lab」という自主研究会的なチームの中に、ドローンや「空飛ぶクルマ」のような「エアモビリティー」と調和するまちづくり構想に取り組んでいるプロジェクトがあります。23年から、ドローン配送の実証実験を行う自治体とドローンメーカーと共に実際に離着陸場を設計し、現在は国土交通省と経済産業省が主催する「空の移動革命にむけた官民協議会の離着陸場ワーキンググループ」にも参画しています。
日建設計イノベーションセンタープロジェクトデザイナー。
1993年生まれ。神戸大学工学部建築学科卒業。東京大学大学院新領域創成科学研究科社会文化環境学専攻修士課程修了。株式会社日建設計NAD室(Nikken Activity Design Lab)に入社し、一般社団法人Future Center Alliance Japanへの出向を経て現職。都市におけるマルチステークホルダーの共創、場を通じたイノベーションについて研究実践を行う。共創を概念ではなく、誰もが取り組めるものにするために「パーパスモデル」を考案。共著書に『パーパスモデル』(学芸出版社、2022)がある。
石川 こうした共創にはさまざまな視点から課題を深掘る機会が必要です。そこで、吉備のつながりから経産省の「次世代空モビリティ政策室」との接点をつくったり、実証実験に参画している自治体を現地視察し、具体的な解決策を提案したり……。
吉備 課題とされていることでも、いろんな視点で観察してみると、違った側面が表れることもあります。例えば、今回の実証実験で配送ドローンを飛ばすと、住民から音が気になるという声が出たんですが、実際に音を測ってみると、村内を普通に走っているバイクの音とあまり変わらなかったんです。問題は音そのものではなく「異質なものは受け入れ難い」という感情だったんですね。
そこで、離着陸場としての機能的な課題を解決しながら、同時に、資材として村の木材を使ったり、離発着場が日常的な「寄り合い」の場となるような状況をつくったりと情緒的な工夫も取り入れて開発を進めていきました。
石川 現在、このチームは航空会社やデベロッパーとも協議しながらルール作りに参加しています。機能要件に対して技術的な回答を提供するという従来のやり方とは異なるスタートラインからビジネスを模索できた例だと思います。
──ただ、この事例はいわば個人の人脈によるもので、仕組み化されたものではありません。
吉備 最初は属人的なネットワークに依存して進めないと仕方ない、というのが正直なところですね。
石川 私は入社以来30年以上、国内外のさまざまな都市開発プロジェクトに参画してきました。また、06年に日建設計総合研究所に転籍してからは、政策提言や国の調査に関わった経験もあるので、社内だけでなく、行政、民間企業を問わず、「都市」にまつわるテーマなら、何となく「○○さんに聞けばいい」とパッと顔が浮かぶので、つなぎ役としてこの役目を任されたのかもしれません。
日建設計 執行役員 企画開発部門 新領域開拓グループ プリンシパル
1987年九州大学大学院を経て日建設計に入社。専門は都市計画。入社以来、施設企画から大規模開発まで幅広く建築と都市に関する業務を担当。2004年から東アジアを中心に都市デザイン業務を担当した後、2008年に日建設計総合研究所に転籍。2009年から2年間日本プロジェクト産業協議会(JAPIC)に出向し、政策提言活動に携わる。近年は郊外再生まちづくりの他、インフラシステムの海外展開業務でスマートシティやTOD(公共交通主導型都市開発)の案件組成を支援している。様々な地域と組織で人や技術が繋がり、新しい空間やスタイルが生まれることを経験。技術士、認定都市プランナー。筑波大学客員教授、日本都市計画家協会正会員。
吉備 私も、設計の前段階で提供価値をデザインする新規事業チームで活動したり、さまざまな組織と連携してイノベーションを創出する一般社団法人に研究員として出向したりと、少し異色のキャリアを歩んでいます。その他にも共創を可視化するツール「パーパスモデル」を書籍として出版するなど、日建設計の事業では関わることのない方々と数多く仕事をしてきました。そのつながりが今生きていますね。
ただ、いつまでも人ベースだと限界があるので仕組み化は必要です。そのための器が、今年開設した共創の場「PYNT(ピント)」です。当センター発足から2年、ようやく社内の誰が課題を持っているか、誰が新しいことをやろうとしているかが明らかになってきました。まずはそれをPYNTで可視化しようとしています。
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石川 PYNTがオープンして半年が経過し、ここで数多くのイベントを実施したことで、火種となるような成果も、反響も生まれつつあります。来年(24年)は当センター主体のイベントは厳選し、外部からの企画を積極的に取り込んでいこうと思っています。
吉備 イノベーションデザインセンターの活動は、大きく分けてCultivate(耕す)とCo-create(共創する)の2軸があります。目指すのは後者の共創ですが、まずは社内のワクワク感を耕さないとアイデアが生まれない。今のところは、できるだけ「飛び地」から異質な人や発想を呼び込み、土壌を耕す場としてPYNTを使っています。やがてはPYNTに集う多様な人や組織をプールして、共創を生み出す仕組みとして発展させたいと考えています。