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終身雇用・年功序列制度が崩壊しつつある日本では、転職における自分の市場価値を知る必要がある。そこでひとつの指標となるのが「専門性」だ。電通でトランスフォーメーション・プロデュース部長を務めながら、大学講師、文筆業と幅広く活躍する国分峰樹氏は「専門性という武器をもっていないビジネスパーソンは、会社での居場所や存在価値がどんどんなくなっていく」と語る。本稿は、国分峰樹『替えがきかない人材になるための専門性の身につけ方』(フォレスト出版)の一部を抜粋・編集したものです。
平均点のままでは
令和の労働市場を生き抜けない
「あなたの専門性は何ですか?」
「あなたは仕事でどんな価値を提供してくれますか?」
「それは他の人には生み出せない価値ですか?」
現代を生きるビジネスパーソンは、これまでより高いレベルで能力やスキルを発揮することが求められるようになっています。そのハードルは、テクノロジーが進化し、グローバルな競争が激しくなっていくことによって、ますます上がっていく一方です。
経営学者の楠木建さんとコンサルタントの山口周さんは、その著書『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019)のなかで、〈労働市場で平均点にお金を払う人はいない〉と述べています。このことは、自分が「買う」側に立てばよく理解できる感覚で、平凡な商品や普通のサービス、平均的な人材に対して、高い金額を払って手に入れようとは思いません。たいした特徴がなくありふれたものを、わざわざ選んで買う意味は見いだしづらいです。
ですが、自分が「買われる」側になったとき、誰もが理解できるこの感覚が、とても厳しい条件に変わります。テストであれば平均点をとったら「まあ良し」となっていたかもしれませんが、仕事においては平均点ではなかなか評価されないということです。誰がやってもできそうな仕事や、代わりがいくらでもいる人材は、会社にとっては取るに足らない存在だということになってしまいます。だとすれば、「余人をもって代えがたい」という状態を目指すことが、労働市場における自分の価値を高めるためには必要です。
偏差値の分布を考えるとわかりますが、平均点付近にもっとも多くの人が位置していますので、平均点にお金を払う人がいないというのは、多くの人にとって大変厳しい現実といえます。厳しい現実に直面して、誰がやってもできそうな仕事を自分にしかできないように囲い込んだり、過去の経緯や仕事のやり方を知っているということを誇示するのは、得策ではありません。デジタルトランスフォーメーションが進んでいくなかで、情報を知っているか知らないかという「情報の非対称性」(1*)で存在感を示すのには限界があります。平均点から抜け出して頭角を現すためには、「専門性」で勝負することが求められる時代になってきました。
この点については、投資家の瀧本哲史さんの著書『僕は君たちに武器を配りたい』(2013)においても、労働市場における人材が「コモディティ化」(2*)しているという指摘があります。
コモディティ化とは、似たり寄ったりな状態のことをいいますが、グロービスによれば〈画一的で個性のない人材はコモディティ人材と呼ばれ、テクノロジーの進化により真っ先にAIに仕事を奪われることとなる。そうならないためにも、話題のスキルよりも次の時代に求められるスキルを先読みし、付加価値をつけることが重要である〉と説明されています(3*)。
会社に必要とされる
スペシャリティ人材
瀧本さんは、コモディティ化した人材は徹底的に買い叩かれて、「安いことが売り」の人材になってしまうことを危惧します。すなわち、英語力やITスキルあるいは会計の知識を身につけたとしても、会社からすると、一定のレベルを満たしていれば「誰でも同じ」という状態です。
〈決められた時間に出社して、決められた仕事を決められた手順で行い(4*)、あらかじめ予定していた成果を上げてくれる人、そういう人であれば、その中でいちばんコスト(給料)が安い人だけが求められるのが、現在のグローバル資本主義経済システム〉であり、経営者の関心は、代替可能なコモディティ人材に報いることではなく、コモディティ人材の給料をどこまで下げられるかに向かうとしています。コモディティ人材が辞めていなくなったとしても、会社としては痛くもかゆくもなく、いくらでも代わりがいるからです。
そして、〈どうすればそのようなコモディティ化の潮流から、逃れることができるのだろうか。それには縷々述べてきたように、人より勉強するとか、スキルや資格を身につけるといった努力は意味をなさない。答えは、「スペシャリティ(specialty)」になることだ〉と導き出しました。







