捉える要素を変える「思考の変革」
また、景色を眺める時、足元だけを見ると、どうしても視野が狭まり、少ない情報しか把握できませんが、目線を遠くに向ければ、自然と広く見え、多くの情報を把握できます。これと同じで、「志向の変革」を通じて将来を見通すことで、経営者は、短期的な財務成果だけでなく、人的資本や知的資本、研究開発力、サプライヤー・顧客との関係性といった無形資産など、さまざまな領域まで意識せざるを得なくなります。
これが、価値創造経営のもう1つの要諦である「価値構造の拡張」であり、価値として捉える要素を変える「思考の変革」です。
「結果管理・経済価値管理」だけでは新しい「成果」は生まれ得ないことを踏まえて、財務だけではなく人的資本、知的資本などの無形資産、さらには社内だけでなく価値提供先である顧客、社会、環境などまで「価値構造として捉える範囲」を拡げて、マネジメントの範囲を拡張することが、時間軸の拡張に次いで肝要です。
不確実性の高さに合わせた変革アプローチ
当然ながら、経営者は、これらの長期的な展望と短期的な目標をバランス良く調整して、近い将来に向けた企業価値の創出に向けた取り組みを行うことが求められます。
短期的な目標にのみ焦点を当てることは、長期的な成長や持続可能性が損なわれる可能性があり、「過去の延長に未来がある」という前提から抜け出せませんが、反面、過度に長期的な視点に固執すれば、現在の課題や機会を見逃す可能性があります。
そのため、バックキャストの視点でとらえた近い将来に向けて、限られたリソースを最適に活用する過程では、アジャイル式で短期的な目標に向かって進むために、新しいアイデアや戦略を取捨選択することが求められます。
また、アジャイル式の推進過程では、その達成度合いや結果を短期的なサイクルで評価することで、新しい取り組みの効果や効率性を把握し、必要な修正や改善を行うことも必要です。
日本企業では、多くの企業が中期経営計画を立案し、3カ年でのPDCAを実施しています。しかし、「不確実性が高い環境下で、3カ年の計画を立案したり、定量目標を設定したりすること」に少なからず疑問を感じている読者も多いのではないでしょうか。
不確実性が高いからこそ、財務指標だけで評価できないからこそ、経営は、いま、価値創造経営への転換が求められています。
「社会や経済が地殻変動しているので、経営も地殻変動のような変革が必要になるのは分からなくはないが、そのような大掛かりな取り組みの必要性を全社に認識させたうえでそれをリードするなんて、どの部門の誰ができるのか」ということで二の足を踏まれる企業も多いのではないかと思います。
「そうは言ってもウチはなかなか……」という方は、現在の企業価値(株式時価総額という意味ではなく、将来キャッシュフローの割引現在価値)を測定し、ありたい企業価値とのGAPを可視化してみるのも、地殻変動への準備として有効なアプローチかもしれません。現在の企業価値から、ありたい企業価値に持っていくためには、どのパラーメーター/ドライバーをどれだけ動かす必要があるかをシミュレーションするわけです。
GAPを共通認識できれば、それをどう埋めるかという議論を始める土壌ができます。土壌が形成されれば、このGAPを埋めるシナリオこそが価値創造ストーリーであり、その良否や進捗を管理可能にするためにKPIを設定するということについて合意形成しやすくなるのではないでしょうか。
皆様の企業が社会や経済の激動に対応し、価値創造や企業価値向上を進められるうえで、書籍『【実践】価値創造経営』が少しでもお役に立てば、執筆者一同このうえない喜びです。