「聴いてもらってよかった」経験をぜひ思い出してほしい

冒頭でも述べたように「話すこと」については、いろいろなかたちでトレーニングが行われています。プレゼンテーションの研修などで、立ち方や声の出し方、手ぶりなどを教わった人も多いでしょう。しかも多くの人が、話すことについては「学んだことを実践してみよう」と思うはずです。なぜなら、それが「かっこいい」と感じるからです。

多くの人がどこかで聞き手として、かっこいいプレゼンを見て感動した覚えがあるのではないでしょうか。スティーブ・ジョブズの動画もそうですし、もしかしたら職場の先輩ですごくプレゼンが上手な人がいて憧れたということもあるかもしれない。いずれにしても「話すこと」には、ポジティブなイメージがあります。そこで研修を受けたときに、「これを学べば自分も、ちょっとスティーブ・ジョブズに近づけるかな」などと思ったりするわけです。

ところが「聴くこと」については、そうしたポジティブなイメージが皆さんの中にあまりありません。コーチングを受けたことがある方なら多少はイメージがわくかもしれませんが、自分が「聴かれてよかった」という経験を明確に意識したことがある人はそれほど多くないからです。一生懸命に思い出せばそうした経験もゼロではないはずですが、「あれはじっくり聴いてもらえたから良かったんだな」と誰もが認識できているわけではありません。

ですから、急に「今年度から我が社も1on1を導入します。マネジャーの皆さんは研修を受けてください」などと言われると、言われた側は「取りあえず口を挟まないのがいいんですね」といった表層的な理解になってしまうのです。なぜなら、聴くということに関心が向いておらず、よく聴けるようになろうという努力をするための動機付けもないからです。

聴くことに関するポジティブなイメージを持ってもらうためには、前述したような、聴くことの効用を認識するとともに、一度「じっくり話を聴いてもらえて良かったな」というこれまでの経験を思い起こしていただくことや、私が監訳を担当した書籍『LISTEN』を読んでいただくことをお勧めしたいです。

実際に講演などで会った方とお話しすると、「自分が若い頃、大変お世話になったと思う上司はよく話を聴いてくれる人でした」「高校時代、大学時代の恩師がとても話を聴いてくれる人でした」という方が少なくありません。そうした経験を思い出すことで、きっと聴くことの効用が分かっていただけると思います。1on1をやるぞ、とかしこまる前に、出発点として一度、そういう体験に立ち返るとよいのではないでしょうか。