社会人経験がない学生が起業家教育を受けたら
馬田:品川女子学院での起業家教育は歴史が長いです。何をきっかけに始まったものだったのでしょうか。
漆:品川女子学院の起業家教育は、金融教育の一環として2006年にスタートしました。当時は「お金を稼ぐ=汚いこと」というイメージが強く、「学校で金融教育をすること自体がよろしくない」という見方もありました。
一方で、当時は日本企業の時価総額があるべき価値より低めで買収危機に瀕しているという話題で世の中が揺れていたんです。お金にはきれい・汚いの性質はなく、「夢を叶える手段にもなるし足元をすくわれるリスクにもなる」ということを早い時期から伝えなければならないと痛感しました。そんなとき、ベンチャーキャピタリストの村口和孝さん(日本テクノロジーベンチャーパートナーズ ジェネラルパートナー)との出会いがあり、アドバイスを受けて始めたのが起業体験プログラムでした。
ただ、当初は資本主義とは何かから始まったので、「儲け」がクローズアップされ、いろいろ問題が起こってしまいました。
馬田:資本主義において「儲け」は欠かせない要素ですが、それを目的にしすぎると、教育という観点では効果は薄れてしまうように思います。そして、まだ社会人経験がない学生に向けて「どうやれば稼げるか」を教えるのも難しいのではないでしょうか。
漆:おっしゃるとおりです。生徒たちは競争に熱くなり、評価を得ることに集中し、その結果、モラル的にはグレーゾーンになるような行為をするクラスも出てきました。例えば、資金調達のプレゼンの前に商材を先行発注するなどといったことです。
また、社会にあるリスクに対して教員も生徒も認識が甘く、安く仕入れようとネットで注文して数十万円を振り込んだら会社ごと消えてなくなっていたこともありました。その後、なんとかなりましたが。
馬田:ターニングポイントはあったのでしょうか。
漆:国際社会経済研究所理事長を現在務めている藤沢久美さんが、本校にグラミン銀行(バングラデシュにある貧困層を対象にした小規模融資を行う銀行)のファウンダー、ムハマド・ユヌスさんを招いてくださったことがきっかけで、「ソーシャルビジネス」の存在を知ったことです。学校で起業家教育をするテーマにふさわしいと考え、学習プログラムに社会貢献的な評価項目を徐々に増やしていきました。
その後は、乳がんをテーマにした啓蒙活動や盲導犬のPR事業、エシカルな商品を扱う事業など社会課題をテーマにしたビジネスアイデアが増えていきました。中には医療費削減を目指し、万病の元と言われる歯周病予防の事業を文化祭終了後も継続するため、NPOを設立した生徒たちもいました。