以前、20代の卒業生に在校時の何が社会で活きているかを聞くアンケート調査を実施しました。結果では起業体験プログラムを挙げている人が多く、ウェブアンケートによる他校出身の比較群より、0から1を創るような経験が多く、ウェルビーイングや仕事満足度が高く、離職率が低いといった数値が出ていました。もちろん回答者バイアスはあると思いますが。起業家教育を通じて自己決定力が高まったり、自分が社会貢献できているという実感があるのではという仮説を持っています。

馬田:まさに起業家マインドですね。最終的にウェルビーイングが高まるところへ位置づけるメリットは大きそうです。

今日、漆さんの話を聞いていて、スウェーデンの学者が2020年に発表した論文を思い出しました。起業家教育のアプローチを「アイデアやビジネスプラン作りを通した教育法」「実際の起業を通した教育法」「価値創造を通した教育法」の3つに分類して調査したものです。ちなみに「価値創造を通した教育法」とは、学校の外の人たちに対して、具体的で現実的な価値を生み出すことを試みるなかで学ぶ方法です。

全体で最も効果が薄かったのは、「アイデアやビジネスプラン作りを通した教育法」ですが「実際の起業を通した教育法」も学習効果は高くないと指摘されていました。その背景には、まさに漆さんが話していたように、起業を通してお金を稼ぐことに重点が置かれてしまったため、知識やスキルの学習にはあまり効果がないという理由があるようです。逆に、最も教育効果が高かったのは「価値創造を通した教育法」でした。

:とても大事なことですよね。国を挙げて起業家教育に力を入れること自体はとてもいい流れだと思っています。でも、Howを突き詰めすぎると、「起業のために起業する」ようなことになりかねません。高校生起業家として実力以上に光を浴び、メンタルを崩してしまう人も実際にいます。

そうならないためにも、学校側が「起業家教育を何のために行うのか」をはっきりさせると同時に、生徒たちが「何のためにこれをやりたいのか」というWhyを底の底まで掘って、自ら行動を起こせるような風土づくりが大切です。

時計メーカーのSwatchを創業したエルマー・モックさんに来校してもらったとき、「どうすれば起業家になれますか」と質問した生徒がいました。そうしたら「起業家は目指すものではありません。起業家は社会のために価値を作った人が、あとから『あの人は起業家だったね』と言われるもの」「起業家は真珠貝の中に傷があるから真珠が生まれるように、社会課題に心が痛み、人に共感を持てる人がなるものです」とおっしゃっていました。