「ヒット作を生み出したい」とは、ビジネスパーソンなら誰もが夢見ることだ。日本中の人がその商品の名前を知っている「メガヒット」ならなおさらよい。「綾鷹」「檸檬堂」「からだすこやか茶W」「SK-Ⅱ」「ファブリーズ」「ジョイ」…これらの商品は、ほとんどの日本人が知っているメガヒット商品だ。これらの商品を大ヒットに導いたのは、P&Gジャパン、日本コカ・コーラを渡り歩いた伝説のマーケター・和佐高志氏である。彼の初の著書『メガヒットが連発する 殻を破る思考法』(ダイヤモンド社)から一部を抜粋・編集して、ヒット作を生み出すコツを学ぶ。
「いつもの冬より、あたたかく。」キャンペーン
コーヒーカテゴリーで、とても面白いイノベーションを起こした話を書いておきたいと思います。「いつもの冬より、あたたかく。」キャンペーンです。
実はお茶カテゴリーにいたときから、隣のコーヒーカテゴリーが苦戦しているのを見て、一つのアイデアを伝えていたのでした。それは自動販売機の温度を上げることです。
冬場、自動販売機は温かいコーヒーを売っていますが、私には温度がぬるかった。コンビニで買う温かいコーヒーもぬるかった。聞けば、やけどをしないように規約で55度と決まっていたのだそうです。
しかし、私にはぬるかった。そして私の「ぬるい」は、みんなの「ぬるい」だと思っていました。たとえば、カップベンディングマシンなら、湯温が70度にならなかったら、出てきません。ぬるすぎてクレームになるからです。もし、カップベンディングマシンから55度の温度のコーヒーが出てきたら、吐き出すと思います。ぬるいからです。
コーヒーは、65度から70度くらいがおいしい適温だと言われています。これが、普通のコーヒーの常識なのです。
なのに、缶コーヒーになったら「持てないから」「熱いから」と、誰かが55度に決めてしまった。誰かが昔、決めたのです。しかし、おいしいのは55度ではないはず。何度まで上げられるのか、が私の素朴な疑問だったのです。
大事なことは、科学的な考察です。そこでコーヒーカテゴリーに移ったとき、研究開発部門とリサーチ部門のトップに、自動販売機やコンビニに置かれる温かい缶コーヒーのメインの商品は何度が適温なのか、調べてほしいと言いました。
手に持つこと、口につけることも含めて、何度が適温なのか教えてほしかったのです。そうしたら、57度という答えが上がってきました。
実は57度、けっこう熱いです。55度とたった2度の違いですが、お風呂の2度の違いだって熱いでしょう。2度上がると、半端なく熱いのです。思わず「熱い!」と思うのですが、冬ですと、手でさわっている間に冷めていきます。実際に冬場は、手を温めるのに缶コーヒーを使う人もいる。「熱い~」はやがて「温かい~」となっていくのです。
そこで、自動販売機の缶コーヒーの温度を2度上げることを考えたのです。コンビニは、私たちにはどうにもできませんから、本当は上げたかったのですが、あきらめるしかありませんでした。
自動販売機にも実は2つの問題がありました。一つは、自動販売機で57度の設定はできるけれど、設定するのは横並び一列になる、ということです。1本1本の温度が設定できるわけではないのです。
そして、製品の温度を2度上げると、モノの保存期間が変わります。消費期限が設定されていますが、2度変わると、これも変わってくるのです。とりわけミルクが入っているものに、問題が出やすい。また、お茶も同様。というのは、ミルクやお茶は、褐変(かっぺん)といって茶色く濁ってしまうのです。そうなると、すべて試験をやり直して、対応をしなければならなくなるというのです。そんなことは、とてもできそうにありませんでした。
そしてもう一つ、大きな問題がありました。電気代です。11月から2月まで、自動販売機の温度を2度上げると、全国で数億円の電気代アップになることがわかりました。これは、売り上げが約5%以上上がらないと元が取れません。「和佐さん、元は取れますか」と問われました。
それでも、おいしいのが57度なのはわかった、では、テストをしましょう、ということになりました。5%以上の売り上げアップがあるか、褐変があるかどうか、北海道でテストしてみましょう、と。まず、北海道のボトラー社に行き、55度と57度を実際に用意して飲んでもらいました。55度のものは、「ああ、いつものやつだな」。そして、57度を飲んでもらうと、「熱い」となりました。
ところが、57度のほうがおいしい、と言われたのです。やはりそうだったのです。そして、「これ、ボトラー社で広告を打ちます」と言われました。そして「今年の冬、ジョージア、2度上げました。熱っ!」という広告を打ちました。そうしたら、売り上げが7%近くまで上がったのです。
和佐高志(わさたかし)1990年、同志社大学文学部新聞学科卒業後、P&Gジャパン・マーケティング本部入社。医薬品、紙製品のマーケティングに始まり、化粧品&スキンケア、洗濯関連カテゴリー等を担当。ブランドと人材育成の実績を重ね、ブランドマネジャーからマーケティングディレクターへ。2006年、紙製品、化粧品&スキンケア事業部担当のジェネラルマネジャーとして、P&Lの責任を持つ。2009年より、日本コカ・コーラのお茶カテゴリーマーケティング責任者。「太陽のマテ茶」や「からだすこやか茶W」などの新製品発売および「綾鷹」ブランドの立て直しなどによるお茶カテゴリーV字回復を実現。2013年、同社副社長に就任し、「ジョージア ヨーロピアン」「世界は誰かの仕事でできている。」キャンペーンなど複数の大型ブランドのビジネス拡大推進をリード。2019年にコカ・コーラ社世界初となるアルコールブランド「檸檬堂」の開発責任者として成功を収め、最高マーケティング責任者に就任。2020年、日経クロストレンドが選出する、マーケター・オブ・ザ・イヤー大賞受賞。2023年、同社を退社。株式会社Jukebox Dreams(ジュークボックスドリームズ)を設立、同社代表取締役CEO就任。