報道機関とAI企業、双方の見解
ただ、ニューヨーク・タイムズにとってそれは十分なものではなかったから、今回の提訴に踏み切った。主たる要因として、利用に応じたコスト負担が見逃されると、報道機関としてのビジネスモデルが成り立たなくなるとの危機感は強いはずだ。
近年、ニューヨーク・タイムズは製品レビューを行うサイトの運営企業を買収するなど、読者により有益なコンテンツを提供できるよう、体制を強化してきた。利用者側は、読みたい記事や利用したいサービスによって、支払う料金が増える仕組みだ。
こうした事業運営の基本を踏まえると、膨大な記事やコラムのテキストデータを組織立ってAIに記憶、学習させる場合、利用水準に応じた料金を支払うのは当然といえるだろう。AI企業側も情報の内容、出所の正確性を担保する必要がある。訴状にある“ただ乗り”の表現は、AI企業のコスト負担が小さかったことを示したかったとみられる。
一方、オープンAIの主張は異なり、「交渉は建設的に進んでおり、提訴に驚きと失望を禁じ得ない」との声明を出した。オープンAIは、急激なAI利用の増加が生み出す社会的な付加価値やメリットは、社会全体にとって非常に大きいと考えているようだ。こうした開発サイドの価値観に基づき、AI学習に新聞記事や小説などを大量に用いることは“公正”と考えているのだろう。
また、AI関連企業に出資する大手投資ファンドも、深層学習のためのテキスト、画像など著作権のあるデータの組織的かつ大量利用が難しくなれば、AIの普及ペースは鈍化するとの懸念を表明した。特に、学習に必要なデータの取得コストが増大すれば、経済・社会全体としての付加価値創出のスピードは鈍化し、経済運営の効率性も高まりにくくなるとの主張がある。23年4月以降の両者の交渉の中で、こうした見解の相違は、簡単には埋まらなかった。