三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第48回は、ビジョナリー型の起業家に欠かせない「自信」について考える。
ジョブズやマスクの原動力とは?
起業家のリッチーこと日下部剛は安価なロケットの開発が人類の宇宙進出に不可欠なインフラで、自分はそのパイオニアになると創業の想いを説く。熱くビジョンを語るリッチーに共感し、主人公の財前孝史は出資を申し出るが、あっさり断られる。
起業家にはいろいろな型がある。独自の技術やビジネスモデルを武器とするタイプ、既存のビジネスを組み合わせて「もうかる仕組み」を作るのが得意なタイプなど、さまざまだ。
多様な起業家の中でも、世の中にもっとも大きなインパクトを与えるのが作中のリッチーのようなビジョナリー型だろう。スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクなどが典型例だ。
ビジョナリーな起業家は文字通り、先見性の高さで社会の行く末を先取りし、巨大なビジネスを築くことができる。それまで誰も欲しいとすら思わなかったもの、実現できるとすら考えなかったことを成し遂げ、世界を変えてしまう。
そのビジョンのスケールが大きければ、アップルやテスラのように、世界的な大企業が生まれ、起業家はケタ違いの富を得る。
そこまでのスケールでなくても、ビジョナリー型の起業家は2つの原動力を持っている。不満と自信だ。「今のままのこんな世界は嫌だ」という不満と「自分ならそんな世界を変えられる」という自信があいまって、常人なら尻込みするような果敢なビジネスプランを実行に移し、貫徹できる。
「世界は変えられる」日本の若者はたった26.9%
私の目には、彼らの行動の原動力は「経済の外」にあるように映る。ビジョナリーにとっては、我慢ならない世界を変えることが最優先で、カネ儲けはそのプロセスが生む副産物、あるいは世界を変えるための「元手」のようなものでしかない。
ここにイノベーションと経済成長の本質がある。人間には、自分の周囲の環境をより良いものに変えたいという本質的な欲求が備わっている。現状維持への欲求との綱引きで「変えたい」が優ってきたからこそ、今の我々が住む世界がある。
「こんなコトはおかしい」「こんなモノがあった方が良い」と動き出す人間がいる限りイノベーションの種は尽きない。経済成長とは、人間にとってより良い形に「世界を並べ変えること」だ。資源を浪費しなくても経済は成長できる。
ビジョナリーを突き動かす2つの原動力のうち、ハードルが高いのは「自信」の方だ。不満を抱くだけなら、凡人でもできる。ゼロからビジネスを作る人間が「世界は変えられる」という自信を持てるか。この点こそ日本が起業家育成で立ち遅れている一因だ。
日本財団が行った世界各国の「18歳意識調査」(2022年)によると、「自分の行動で国や社会を変えられると思う」と答えた人の割合は日本では26.9%にとどまる。調査対象6カ国中最下位だ。トップのインドは8割、中国は7割、アメリカ、イギリス、韓国でも5~6割が「変えられる」と考えている。
若者が情けない、などという話ではない。おそらくどの年齢層で比較しても、日本は「変える自信」に欠けた結果となるだろうと容易に想像がつくからだ。このあきらめの精神構造をどう変えていけるかが、日本のイノベーションの未来を左右する。