リスクを取らなくなった商社から
優秀な人材が流出
商社の一つ目の問題は、各社が投資家からの要求を受けて投資している脱炭素ビジネスがもうからないとみられることだ。
水素やアンモニア、再生可能エネルギーなどへの投資は、ドル箱だった化石燃料ビジネスに比べ、そもそも利益率が低い上に、脱炭素化の波に乗りたい企業の投資が集中して割高になっている案件が多い。高値づかみする可能性が高いのだ。
逆に、化石燃料は、温暖化ガス排出の抑制を求める国際世論の影響で新規開発の投資が減るので品薄と価格の高止まりが見込まれるが、“優等生”である日本の商社は、逆張りで化石燃料に投資することはしていない。
そのため、例えば三菱商事は、独壇場だった高品位の製鉄用石炭(原料炭)の世界市場でトップの地位を脅かされている。スイスの資源商社グレンコアが脱炭素時代の「座礁資産」といわれる石炭を買いあさり、原料炭市場で2位に浮上してきたのだ。
グレンコアは“戦時”における石炭価格高騰の追い風を受け、3兆円の利益をたたき出している(詳細は、本特集の#5『三菱商事最大の収益源「石炭」で最強ライバル登場!逆張り投資で3兆円稼ぐヒール企業の“強み”』参照)。
日本の商社にとって、グレンコアをまねするのが必ずしも正解とはいえない。だが、今後、高品位の原料炭の権益や、電気自動車(EV)の普及で需要拡大が見込まれる銅、アルミニウム、リチウムなどへの投資機会があれば、リスクを負って投資に踏み切る胆力が商社に求められているといえる。
二つ目の問題は、より深刻な懸念をはらむ。商社パーソンが商売の現場から離れたことで、投資先の“目利き力”の衰退を招いているのだ。
一例を挙げれば、商社にとって最も基本的な商売であるトレーディング機能の弱体化である。
商社は、さまざまな商品を売り買いする中で、商売の種を見つけ、そこに投資資金を張ることで成長してきた。
三菱商事がマグロなどの水産物をトレードする中で、サーモンに商機があることを発見し、サケ養殖世界大手のセルマックを1500億円で買収したのが典型だ。水産物を売り買いしているからこそ、東南アジアなどに潜在的な需要があることに気付けたのだ。
このようにトレードは、商社が投資のチャンスを捉えるためのアンテナの機能を果たしてきた。
しかし、である。三菱商事の水産物のトレードはいまや子会社の東洋冷蔵に大部分が移管されている。
銅や金などの金属資源や穀物といった取引額が大きい商品は三菱商事本体で社員がトレードしているが、それ以外のニッチな商品の取引は子会社に任せるなどして縮小している。
しかも一度、弱体化したトレーディング機能は簡単には再強化できない。トレーダーのノウハウはマニュアルなどで伝承しにくく、育成に時間がかかるからだ。
トレーディング機能の衰退は「トレードから事業投資へ」という流れの中で加速してきた。しかし、商社が、有望な投資先を探知するアンテナを失えば、純粋な投資会社との差別化要因がなくなってしまう。
アンテナの劣化が懸念されるのは三菱商事だけではない。
七大商社から、外資系の資源商社や穀物商社などへの人材流出が相次いでいるのだ。
ある住友商事OBは「いま商社はオイルメジャーの英シェルや大手資源商社のビトールの草刈り場になっている。教育されているがくすぶっていて英語を話せる社員が一本釣りの標的になる。日本のプロ野球選手が大リーグに行くようなもので、転職に成功すれば年収が10倍になる」と話す。
優秀な社員を獲得した海外勢は巨利を得ている。LNGの値上がりで生まれた前述の40兆円の商機で最も稼いだのは日本の商社ではなく、欧米のオイルメジャーなのだ。
若手が新規事業でチャレンジできないことも、商社の停滞につながりかねない。
三菱商事を退職した30代男性は「事業の提案はほとんど却下される。何とか実現させても、リスクを減らすために当初案より相当、角が丸くなったビジネスになってしまう。成長する機会がないと考えて転職した」と話す。
若手がビジネスを学ぶ機会は、事業会社などに出向できた場合などに限られ、本社に勤務すると、出資先企業の経営管理といったデスクワークが中心になる。
ビジネスをやりたい若手にとって商社の魅力は少なくなっているのだ。その結果、ベンチャー企業や外資コンサルティング会社などに人材が流出している。
経営トップが長期間続投している伊藤忠商事など一部の商社で、忖度文化が蔓延っていることも、若手から敬遠される一因だろう(詳細は本特集の#2『伊藤忠・岡藤会長「独裁14年」の弊害判明!役員が長老化し子会社トップ“塩漬け”の実態も』参照)。
商社は少数精鋭のビジネスパーソンの集団だった。だが、今後も社員の質を維持できるのか。資源価格の高止まりで事業が好調ないまこそ、商社は本腰を入れて“将来の懸念”を払拭すべきだろう。
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