関東大震災以前から研究されていた「人工地震の実験」

 それがよくわかるのが、1923年の関東大震災だ。この直後に出版されてベストセラーになった『大正大震災大火災』(大日本雄弁会・講談社編)によれば、下町一帯が火の海と化した最中、ある男性が大塚警察に飛び込んできてこんなことを言ったという。

「この大地震は西洋で起こしたんだそうですが、ほんとですか!?』
「この地震は、こんど西洋で地震を起こす機械を発明して、日本を真っ先にやっつけようとしたんだっていうことですが、ほんとうにそうなんですか?警察のほうへはまだ宣戦の詔勅の通知はありませんか!?」

 まさしく今回の能登半島地震におけるSNSと同じようなことを言っているのだ。

 では、なぜSNSがないのに、こんな話が当時拡散されてしまったのか。ポイントは「西洋」と「地震を起こす機械」だ。

 実は明治から大正にかけて日本では、地震と聞くと「西洋人が人工的に起こせる」というイメージが定着していた。それは「日本地震学の父」と呼ばれたイギリス人のジョン・ミルン博士によるところが大きい。

 明治政府の工部省で鉱山技術を教えるために1876年に来日したミルン博士は、1880年の横浜地震を契機に、世界で初めての地震学会である「日本地震学会」を創設した。地震計を考案するなど日本の地震学の基礎を築いただけではなく、1891年の濃尾地震を記録して、『THE GREATE EARTHQUAKE IN JAPAN(日本の大地震)』を刊行して、その被害のようすを世界に伝えた。

 そんなミルン博士の名を庶民の間に広めたのは、「人工地震の実験」だ。ミルン博士の友人として交流があったイギリスの外交官、アーネスト・サトウは著作でこう述べている。

「教授は幾多の自然の地震に関する観察を記録したのみならず、殆ど看破出来ぬほど眞の地震そつくりの人工地震を起こすことにさへ成功してゐる人である」(英使サトウ滞日見聞記維新日本外交秘録 維新史料編纂事務局 訳編)

 東京大学地震研究所ホームページの中でもミルン博士について「すでに人工地震の実験に着手していることにも、驚かされます」と述べられている。

 つまり、ミルン博士の「地震そっくりの人工地震を起こすことに成功した西洋人」という庶民のイメージが、関東大震災という未曾有の巨大地震の時に想起されて、「西洋で発明された地震を起こす機械による攻撃」という風評に結びついてしまった可能性があるのだ。