ジョリー 当時、人事部門のトップを務めていた女性役員から、「店舗で研修してください」と言われたからです。「当社について学ぶのに最適なのは現場の店舗ですから、まずは3日間、現場の従業員とともに過ごしてください」と。今から思えば、これはすばらしいアドバイスだったと思います。

佐藤 なぜ人事部門のトップは、CEOに「まずは現場を見てください」と言ったのだと思いますか。

再建のヒントは現場にある
従業員にした「三つの質問」とは?

ジョリー それは私が小売業界についても、ベストバイという会社についても、ほとんど何も知らないことを、彼女も認識していたからでしょう。それに加え、「新しいCEOには、現場の店舗で何が起きているかを、じかに見てほしい」と考えたからだと思います。

 会社の良いところも悪いところも、全て反映されているのが現場です。本社の会議室で数字を眺めていても、再建のヒントは何も得られませんから。

 2012年当時のベストバイはアマゾンなどに顧客を奪われ、世間の人々からは「いずれ倒産するだろう」と見られていました。一方で、会社の中には、創業当時の良き文化を失ってしまったことが、現在の苦境の一因ではないかと考えている人もいました。人事担当役員もその一人でした。彼女は私にその文化を取り戻してほしいと考えたのかもしれません。

 実はかつてのベストバイは、現場従業員の意見や知識を重視し、従業員を大切にする会社として有名でした。1970年代に入社した初期のメンバーのブラッド・アンダーソン氏は、CEO時代、「顧客と日々接している現場の従業員の知識に勝るものはない」と語っていたといいます。つまり、ベストバイはパーパス経営をしっかりと実践していた企業だったのです。

 ところが、財務状況が厳しくなると、経営陣は現場よりも財務状況ばかりを気にするようになりました。経営陣と現場との距離は遠くなり、ベストバイを優良企業に成長させた良き文化がどんどん失われていきました。

佐藤 現場研修中は従業員と同じ制服を着用したそうですね。欧米企業のCEOが制服を着用しているのはあまり見たことがありませんが、なぜ制服を着ようと思ったのですか。

ジョリー ベストバイのトレードマークと言えば、「青いシャツ」。この制服は従業員や顧客を大切にする文化の象徴でもあります。むしろ「青いシャツ」を着られるなんて、最高にクールな体験だと思いましたよ。3日間、「CEOトレーニング中」と書かれたバッジをつけて過ごしましたが、「これで自分もベストバイの一員だ」と思うと、ワクワクしました。

 さらに、この青いシャツとバッジは、現場の状況を深く学ぶ上で、想定以上の効果をもたらしました。なぜなら従業員が「小売りについて何も知らない新しいCEOを、私たちがしっかり教育しなければ」と張り切ってくれたからです(笑)。