ジョリー マイクロソフトのサティア・ナデラCEO、ナイキのジョン・ドナホーCEOなど、新しいタイプのリーダーが成功を収めていることもあり、今の学生は株主資本主義(株主利益の追求を最優先とする考え方)がもはや機能しないことをよく理解しています。そのため、私が提唱する「人とパーパスを大切にするリーダーシップ」に対しても強い共感を示してくれています。
アメリカでは過去30~40年間にわたって株主資本主義が信奉され、企業は自らの存在意義を見失っていきました。日本が公益を尊重する文化を大切にして、アメリカのような極端な道を歩まなかったのは、素晴らしい選択だったと思います。
メディアでは今も「1万人解雇」「2万人解雇」といったニュースが報じられていますが、私は業績が悪くなった企業が競うように人員整理をするのはおかしいと思います。
再生時に人員整理をすれば、社内に混乱を招くばかりです。10年働いてくれた人を解雇すれば、また新しい人を採用して10年かけて教育しなくてはなりません。どう考えても効率的な再建方法ではありません。
米国内257カ所の携帯電話販売店を閉鎖
それでも「退職勧奨はしない」
佐藤 一般的に、「企業の再生には人員整理は不可欠だ」と考えられていますが、どのように人員整理をせずに、ベストバイを立て直したのでしょうか。
ジョリー とにかく現場からの意見を聞きながら、売上高の増加とコストの削減に必死に取り組みました。先にコストの話をしましょうか。
どのようなコストを削ったのか。その代表的な例が、薄型テレビの返品・交換費用です。薄型テレビは壊れやすく、傷つきやすいので、業者が店舗に運ぶときや顧客が家に持ち帰るときなどに、簡単に破損してしまいます。当時、その破損に伴う返品・交換費用は年間約2億ドルにも上っていました。これを半分にするだけでも、大きなコスト削減ができます。そこで私たちは梱包(こんぽう)方法、配送方法などを徹底的に改善し、膨大なコスト削減に成功しました。
その一方で、できる限りカットしなかったのは人件費です。2018年、私たち経営陣は米国内に257カ所ある小型の携帯電話販売店を全て閉鎖することを決断しました。もともとスマートフォンの販売を強化するためにつくった店舗でしたが、市場が成熟し、その役割を終えたと判断したのです。
早速、人事部門からは、「販売店で働いていた人たちには退職パッケージを用意する予定です」と報告がありましたが、私は「退職勧奨はやめてください。できる限り、人事異動で対応してください」とお願いしました。私にとって全ての従業員は家族と同じ。この会社で培った能力を別の部門で生かしてほしいと考えたからです。もちろん閉店を機に自分から退職した人たちもいましたが、多くは社内の他の部門に異動してくれました。
2012年から19年のCEO在任時、年間2億~3億ドルのコスト削減を目標に掲げ、トータルで20億ドルのコスト削減に成功しました。人件費・福利厚生費をできる限り削らないと決めても、これだけのコストが削減できたのです。
もちろん、コスト削減と同時に売り上げの伸長にも注力しました。店舗での陳列方法、配送方法、アフターサービスなどを地道に改善していった結果、売り上げは飛躍的に伸びました。
このような売り上げの成長を可能にしたのは、現場の従業員の力です。簡単に人員整理などをせず、人を大切にしたからこそ、結果として売り上げが伸びたのです。