佐藤 ベストバイの事例と共通しているのはどのような点でしょうか。
ジョリー 何よりも従業員が働くことの意義を再定義したところでしょう。ベストバイの従業員は、「家に帰ってアマゾンで買うために下見に来ている顧客」を前にして、自分たちの存在意義を完全に見失っていました。「私たちがアマゾンより優れている点は何だろうか」「顧客はなぜベストバイで製品を購入したいと思うのか」と私が質問しても、皆、答えに窮していました。
そこで、私は、「ベストバイの一員として働くことの意義を明確に伝えることこそが、CEOの役割だ」と考え、「皆さんの存在目的は商品を売ることではない。テクノロジーを通じて人々の生活を豊かにすることだ」と伝えました。
さらに、「ベストバイの従業員にとっての成功」についても再定義しました。かつては売り上げ目標、利益目標など、目標の数字を達成できたら「成功」とみなされていましたが、「全てのステークホルダー(従業員、顧客、ベンダー、株主、コミュニティー)が豊かになることこそが、皆さんにとっての成功だ」と定義し直しました。
私がベストバイでの経験から学んだのは、全てのビジネスは現場の仕事の積み上げであることです。多くの企業の経営者が現場の従業員の潜在能力を軽視しているのは、大きな間違いです。会社の従業員は皆が皆、非凡な能力を持っている人たちではありません。その多くが、誰でもできる仕事をしています。ところが一人一人の力を合わせれば、とてつもない力を発揮することができるのです。
従業員に仕事をすることの意味を明確に伝え、尊敬の念を持って接し、困っていることがあれば、喜んで支援する。これこそが経営者の仕事です。
テッセイの事例はベストバイの事例と同様に、「人とパーパスを大切にしたリーダーシップを本気で実践すれば、企業を再生することができる」という経営の本質を如実に示すものです。機会があれば、教材の主人公の矢部氏にもぜひ会ってみたいですし、これからもこの素晴らしい事例を、私の授業で積極的に紹介していきたいと思っています。
ハーバードビジネススクール上級講師。専門はリーダーシップ、特にパーパス経営。米家電量販店大手ベストバイ元会長兼CEO。MBAプログラムの必修講座「企業の社会的目的」および、エグゼクティブプログラムの講座などを担当。ベストバイCEO在任時には「人とパーパス」を核としたリーダーシップで経営再建を主導し、同社をアメリカ最大級の家電量販店チェーンに成長させた。その経営思想や再建手法は高く評価され、ハーバードビジネスレビュー誌「世界のトップCEO 100人」、Thinkers50「世界のトップ経営思想家50人」などに選出。現在は、教壇に立つかたわら、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ラルフ・ローレン・コーポレーションの取締役を務めるなど、幅広い分野で活躍。近著の『THE HEART OF BUSINESS(ハート・オブ・ビジネス)――「人とパーパス」を本気で大切にする新時代のリーダーシップ』はアメリカでベストセラーとなった。
佐藤智恵(さとう・ちえ)
1970年兵庫県生まれ。1992年東京大学教養学部卒業後、NHK入局。ディレクターとして報道番組、音楽番組を制作。 2001年米コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。ボストンコンサルティンググループ、外資系テレビ局などを経て、2012年、作家/コンサルタントとして独立。主な著書に『ハーバードでいちばん人気の国・日本』(PHP新書)、『スタンフォードでいちばん人気の授業』(幻冬舎)、『ハーバード日本史教室』(中公新書ラクレ)、『ハーバードはなぜ日本の「基本」を大事にするのか』(日経プレミアシリーズ)、最新刊は『コロナ後―ハーバード知日派10人が語る未来―』(新潮新書)。講演依頼等お問い合わせはhttps://www.satochie.com/。