本来利己的な私たちが、
どうして利他的になれるのか?
たとえば、支払った金額の一部、あるいは売上げの何パーセントかが慈善活動に寄付されるという商品やサービスが増えています。このように、購入を通じて社会問題の解決や環境保全に間接的に貢献するというメッセージを発して販売促進することを、一般的に「コーズ・マーケティング」(あるいはコーズ・リレーティッド・マーケティングとも)と言いますが、消費者はこのような商品やサービスを購入することで、ちょっとした幸福感を得たり、心が満たされたりするそうです。
このような傾向を、あまり聞きなれない言葉ですが、「向(こう)社会性」といいます。少し補足しますと、報酬を期待することなく、だれかを助けたり、だれかのためになるような行動をしたりすることです。ちなみに、街頭の募金や署名を無視したり、お年寄りに席を譲らなかったりした時に罪悪感が湧いてくるのは、向社会性を備えていることの証拠でもあります。
いまご紹介した向社会性とも似ていますが、最近「利他性」「利他主義」という言葉を使う人が増えています。文字通り、自分の利益よりも、他人の利益を優先するという意味です。
イギリスの科学ジャーナリスト、マット・リドレー氏の『徳の起源』によれば、太古の時代、人間が共同体をつくり、時には自分の利益を抑えて、他人と助け合いながら生活するようになって、私たちの遺伝子は「利他性」を獲得したそうです。
要するに、私たちの遺伝子は本来「利己的」なのですが、それゆえ自分の利益(太古の昔は自分の命)を守るために、他人を尊重するという性質が備わったというのです。事実、霊長類のなかでも利他的に行動する個体は生存率が高いといわれています。
人間には、利己の心と利他の心の両方が宿っており、それは切っても切れない表裏一体の関係にあるといえそうです。にもかかわらず、スーツに身を包み、ビジネス・パーソンの顔になったとたん、利己の心に支配され(そして利他の心は脇に置かれ)、売上げとか利益とか、あるいは株主の利益のことを真っ先に考えてしまう――。
もちろん営利組織である以上、売上げや利益をないがしろにすることはできませんし、実のところ、「企業」というものが発明されたのは、おそらく「パンとワイン」、つまりお金を儲けるためだったことでしょう。
しかし、企業の影響力は次第に、政治や国民生活、さらには地球や他の生命体にも及ぶようになり、ドラッカーがいみじくも述べたように、もはや経済機関ではなく「社会機関」になっているのです。
(次回は4月3日更新予定です。)
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多摩大学大学院教授、ならびにKIRO(知識イノベーション研究所)代表。京都工芸繊維大学新世代オフィス研究センター(NEO)特任教授、東京大学i.schoolエグゼクティブ・フェロー。その他大手設計事務所のアドバイザーなどをつとめる。早稲田大学理工学部建築学科卒業。博士(経営情報学)。
組織や社会の知識生態学(ナレッジエコロジー)をテーマに、リーダーシップ教育、組織変革、研究所などのワークプレイス・デザイン、都市開発プロジェクトなどの実務にかかわる。
著書に『ビジネスのためのデザイン思考』(東洋経済新報社)、『知識デザイン企業』(日本経済新聞出版社)など、また野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)との共著に『知力経営』(日本経済新聞社、フィナンシャルタイムズ+ブーズアレンハミルトン グローバルビジネスブック、ベストビジネスブック大賞)、『知識創造の方法論』『知識創造経営のプリンシプル』(東洋経済新報社)、『知識経営のすすめ』(ちくま新書)、『美徳の経営』(NTT出版)がある。
目的工学研究所(Purpose Engineering Laboratory)
経営やビジネスにおける「目的」の再発見、「目的に基づく経営」(management on purpose)、「目的(群)の経営」(management of purposes)について、オープンに考えるバーチャルな非営利研究機関。
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