完全民営化を遠ざけた
石原都政の「地下鉄一元化」論

 筆者が東京メトロに入社した2006年、社内は「民営化」に高揚していた。国鉄民営化が議論から決定まで数年で駆け抜けたのに対し、営団は20年弱を要した。民営化方針が固まった1980年代後半以降に入団(営団時代は入社ではなく入団といった)した総合職は、既に課長級になっていたのである。

 東京地下鉄株式会社法は付則に「できる限り速やかにこの法律の廃止、その保有する株式の売却その他の必要な措置を講ずるものとする」と定めていた。関連事業の積極的な展開で経営基盤を確立し、最後の新線である副都心線が開業すれば、いよいよ株式上場し、完全民営化が達成される。それは間近であると思われた。

 ところが副都心線開業の2年後、そろそろ上場というタイミングで石原都政がぶち上げたのが「地下鉄一元化」論だ。この問題はさまざまなプレーヤーが、時期ごとに異なる思惑を持って関与したので、本稿では立ち入らない。重要なのは、目前にあったはずの完全民営化が遠ざかってしまったという事実だ。

 しばしば勘違いされるが、株式上場は株主が決めることである。もちろん会社側も上場に備えた準備をしなければならないのだが、最終的に株主が売らないと言えば上場はできない。東京メトロの株式は国が53.4%、都が46.6%という絶妙のバランスで保有しており、かろうじて国が主導権を握っている。国だけ売却すれば、都が東京メトロを支配しかねない。

 その後、猪瀬都政、舛添都政、小池都政と変遷する中で「一元化論」は後退したが、都はメトロ株を国に対する交渉カードとして使い、落としどころとして「売却を受け入れる見返り」を模索してきた。

 この辺りの経緯は過去記事で取り上げたので詳細は省くが、副都心線で打ち止めだったはずの地下鉄新線建設を東京メトロが引き受ける代わりに、都が株式売却を認め、国と都がひとまず保有株の半分ずつを売却することになった。

 都は2024年度予算にメトロ株の売却に関する費用を計上し、売却に向けた準備が本格化している。株式市場は日経平均4万円を超える好況で、条件が良いうちに売却したいだろうから、くしくもメトロが創立20周年を迎える今年度に上場が実現するかもしれない。