社員だって、けっこう「むちゃくちゃ」だったんです。たとえば、数人の社員たちが、こんな企画を考えたことがあります。真夏に観客席の一部を囲って、お客さま同士が水鉄砲を掛け合って遊ぶというイベント企画でした。
正直、僕はあまりピンと来なかったんですが、海外ではそういう企画が当たっているようでしたし、何より、社員たちの熱量が半端ではなかったので、「じゃ、やってみろよ」ということでGOサインを出しました。
ところが、当日の天気はあいにくの雨──。
野球は雨天決行となったので、「そのイベントはどうするのかな?」と見ていたら、なんと雨のなか、ウォーターキャノンで水を噴射しながら、水鉄砲をかけ合ってるんです。ワーキャー言って盛り上がってるからいいものの、はっきり言って“バカ丸出し”。これには呆れました。
だから、試合終了後、全身びしょ濡れになって事務所に戻ってきたメンバーたちが、「いやー楽しかったです!」「お客さんも盛り上がってましたよ!」などと盛り上がっているところに、僕は「お前ら何やってんの?」と“冷や水”をぶっかけました。
“ドタバタ劇”を繰り返しながら学んだこと
決して、怒ってたわけじゃないんです。やり切ったこと自体はいいことだし、“ヤケクソ気味”だったとはいえ、お客さまが楽しんでくださっていたのも事実ですから、僕はむしろ「よくやった!」と思っていました。
ただ一方で、雨が降ったときのために、着替える場所やタオルなどを用意したり、屋内の会場を押さえておくといったリカバリー・プランを準備していなかったのは、未熟と言わざるを得ません。お客さまのことを真剣に考える「プロフェッショナル」ならば、そこまで考えが及ぶはずです。だから、“バカ丸出し”の彼らへの愛情とは別に、そのことはしっかりと指摘しておく必要があると思ったのです。
ともあれ、僕が社長に就任してからは、こんな“ドタバタ劇”が毎日のように繰り広げられました。
だけど、みんなが本気でぶつかり合う“ドタバタ劇”を繰り返すなかで、僕を含めた全員が「お客さまに喜んでいただくとはどういうことか?」を身体で学んでいったように思います。そして、「高い目標」「難しい目標」を達成するために、お互いに助け合い、励まし合うことで、組織の「一体感」のようなものが育まれていったのです。
「運」に恵まれた球団初の「日本一」
その結果、僕たちは一定の成果を上げることができました。
まず、社長就任の翌年、2013年のシーズンにおいて、星野監督の指揮のもと、球団創設以来の悲願だった「リーグ優勝」を達成。さらに、読売ジャイアンツを制して「日本一」になるという栄誉を手にすることができたのです。
これは、僕としては、「運」に恵まれたとしか言いようがありません。
もちろん、優勝に大きく貢献したアンドリュー・ジョーンズ選手たちと入団交渉をするなど、多少の功績はあったと思ってはいるんですが、数多くの先人が築き上げてきてくださった「球団の実力」の上に、乗っからせていただいたにすぎないからです。ここに改めて、すべての先人への「感謝」を記しておきたいと思います。
「チーム成績」が悪くても、
「観客動員数」を増やす
ただし、その後は、「優勝」からは遠ざかってしまいました。
優勝の翌年に最下位に沈んで以降、リーグ3位を超える成績を収めることはできませんでした。そのことに忸怩たる思いを抱いていますが、一方で、球団経営においては着実に成果を上げることができたと自負しています。
球団創設以来、年間の観客動員数はおよそ110万人~120万人でしたが、優勝した2013年に年間128万人に増えた後、優勝から遠ざかっていたにもかかわらず、14年145万人、15年152万人、16年162万人、17年177万人と、右肩上がりに増加。それに伴い、「黒字化」も数年間達成することができました。
残念ながら「黒字化」を常態化させるまでには至りませんでしたが、売上のトップラインが大幅に上がったことから、チーム強化のために投資できる原資をかなり増額することができたと思っています。
さらに、三木谷さんの指示により、2017年に楽天ヴィッセル神戸の社長も兼務することになり、2020年には「天皇杯」で優勝することもできました。
2021年に、楽天野球団、ヴィッセル神戸ともに社長を退任し、後進に経営を委ねることになりましたが、この10年間、実に充実した楽しい日々を送ることができました。それもすべて、このチャンスを与えてくださった三木谷さん、島田さん、そして僕を助けてくださった皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。
ビジネスの成功に“特効薬”はない
「どうすれば、観客動員数を増やすことができるのか?」
これまで僕は、何度もこの質問を受けてきましたが、「これをやったから」というきっかけを特定できるようなものではないと答えてきました。そんな都合のよい“特効薬”なんてないと思うのです。
そうではなく、僕たちが“ドタバタ劇”を延々と続けたように、とにかく「お客さまを喜ばせる」ために、社員全員が知恵を絞り、実行して、成功したり失敗したりしながら、必死で「お客さまの思い」に追いつこうと努力する。その積み重ねをバカ正直にやり続けること以外に、お客さまを増やす方法などない。これは、あらゆるビジネスに共通する「真理」ではないかと思うのです。
そして、楽天野球団とヴィッセル神戸で、一定の成果を収めることができたのは、ひとえに「お客さまを喜ばせる」ために、全力を尽くしてくれた監督・選手・コーチ・社員・スタッフの皆さんのおかげです。