「経営の神様」と呼ばれた稲盛和夫氏の持論の一つが、「きちんと納税せよ」だった。そのため、稲盛氏を敬愛する経営者の間ですら、「稲盛氏は大きな政府の信奉者」という誤解が一部で広がっているようだ。しかし実際の持論は正反対で、「減税・規制緩和」を政府に訴え続けてきた。稲盛氏が、相反するかに思える二つの持論を掲げた納得の理由を解説する。(イトモス研究所所長 小倉健一)
「納税せよ」が稲盛氏の持論でも
“大きな政府主義者”は誤解
「経営の神様」と称された稲盛和夫氏の著作を読んでいると「税金をきちんと納税せよ」という言葉がよく登場する。例えば、「日経ビジネス」1975年12月8日号『「税金なんかアホらし」では伸びぬ』だ。
《初年度にやっと300万円の利益が出たんです。当時、経理も知りませんでしたから、保証してくださった方に迷惑をかけてはいけないので、3年間で借金は返せると思ったんです》
《ところが、なんと税金が百何十万円かかり、配当もすると、100万円ぐらいしか残らない。借金返すのに10年かかるわけです。びっくり仰天して、みんなに相談すると、そのために脱税するんだというんです(笑)》
《しかしそこで発想を変え、税金はもともと経費だと考え直したんです。その残った分をどう伸ばすかが勝負だと見たわけです。そうすることによって、被害者意識はなくなりました。儲けの半分を税金で取られてあほらしいと思っていると、中小企業のままで終わるんですね。半分取られても、それは経費で、あとの半分は自由に使える、それをどう大きくするかと見るようにしないと駄目ですね》
といった具合だ。以降、稲盛氏は口を酸っぱくして税金をきちんと払え、払えと繰り返すようになる。その後の著作を読むに、ビジネスリーダーの社会的地位が低いことに稲盛氏は怒りを感じており、税金を払おうとしないモラルの低い経営者たちに対して、強い警告を与えようとしていたようだ。
このように、経営者から税金の話題を振られるたびに「きちんと納税せよ」という言葉を繰り返したために、稲盛氏を敬愛する経営者たちの一部の間でさえ、稲盛氏は福祉・社会政策に多くの税金を投入する「大きな政府」主義者だという誤解が生まれているようだ。
しかし、稲盛氏がオピニオン誌などに寄稿した記事や対談、インタビューでその思想をたどると、全く別の顔が見えてくる。
今回は、税金、金利、規制緩和に関する政策について、稲盛氏がどんな持論を掲げていたのか、それぞれ見ていこう。