毎年平均100名近い海外機関投資家と面談しているニコン現CFOの徳成旨亮氏によると、海外機関投資家との面談で、頻繁に「君たち(日本経済・日本企業・日本人)には『アニマルスピリッツ』はないのか?」と問い質されてきた、という。
海外投資家は、日本の社会や企業経営を、血気が衰え、数値的期待値を最重視しリスクに怯えている状態にあると見ている。結果、日経平均は1989年の最高値を未だ更新できておらず、水準を切り上げ続けている欧米株と比べて魅力がないと言われても仕方がない状況だ。
この現状を打破するにはどうしたらいいか? 徳成氏は、「CFO思考」が「鍵」になるという
朝倉祐介氏(アニマルスピリッツ代表パートナー)や堀内勉氏(元森ビルCFO)が絶賛する『CFO思考』では、日本経済・日本企業・日本人が「血気と活力」を取り戻し、着実に成長への道に回帰する秘策が述べられている。本書から、一部を特別に公開する。(初出:2023年7月14日)

新入りCFOは「コロナ禍で主力事業の1つが販売台数ゼロ」の状況をどう立て直したのか【書籍オンライン編集部セレクション】Photo: Adobe Stock

ロックダウンの影響でFPD露光装置の販売台数は「ゼロ」に

 2020年1月30日、日本政府は新型コロナウイルスでロックダウンされた中国・武漢にチャーター機第2便を向かわせ、日本人210人が緊急帰国しましたが、そのなかにはニコンおよびニコンの協力会社の社員76名が含まれていました。

 フラット・パネル・ディスプレイ(FPD)を中心とする露光装置の大手ユーザー企業が武漢周辺にあり、クリーンルームのなかで、「テニスコート大の2階建て」の巨大で複雑な装置の据え付けを行うために、熟練の日本人技術者を大量に出張させていたのです。

 こうした背景のなか、2020年4月に私がCFOになったときのニコンは、カメラ事業と露光装置事業という主力事業を含むすべての事業がコロナの影響もあって不調で、第1四半期の営業利益や当期利益は赤字、それも巨額の赤字となることが必至、という状況でした。

 特に、露光装置事業は新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる渡航制限で装置の据え付けのための海外出張ができず、売上の見通しが立たないという状況だったのです。そのため、5月の本決算時に発表することが通例の年度の売上や営業利益、当期利益、配当などの業績予想については、5月時点では「未定」として公表せざるを得ませんでした。

 実際、2020年の4~6月期、それまでニコンの収益を支えてきたFPD露光装置の売上台数はゼロとなりました

 企業にとって、売上がゼロという事実ほど恐ろしいものはありません。いくばくかでも売上が立ちキャッシュが入ってくれば、コスト削減などで企業を存続させる方策はありますが、売上がゼロというのは想像を絶する危機的状況です。

 新型コロナウイルスが業績に与える影響は7月時点でも見通せない状況でしたが、8月初旬の第1四半期決算発表においては、1年間の業績予想を出す必要がありました。CFOとして、「再び『未定』とすることは、投資家だけでなく、取引先や社員にもニコンの先行きに対する不安を与えるリスクがある」と判断しました。先が見えないなかで業績予想をどう算定し公表するか、というのが、「新入りCFO」である私に課せられた最大のミッションでした

 こうしたなか、各事業の現場では社員が必死の努力を続けてくれていました。特に、露光装置事業では社員や協力会社の皆さんが、厳しい渡航制限のなか再度中国にわたり、装置の据え付け作業を再開してくれました。

 ゼロコロナ政策を取る中国に到着したあとの隔離期間は頻繁に変更され、省や都市によってもまちまちで、感染拡大が懸念される地域では3~4週間の隔離、最大では5週間の隔離を強いられたケースもありました。ニコン社員や協力会社の方々は、必ずしも快適とは言えない狭い部屋で、1日3食配給される中華弁当だけで長期間の隔離に耐えたのです。それだけの期間、狭いところで生活すると筋力が落ちてしまうそうで、早く仕事がしたい、身体を動かしたい、という思いが強かったとの声を、後日聞きました。

 そうして無事据え付けを終えて日本に帰国すると、今度は日本で2週間の隔離が待っています。さらに、「親が中国に行っていた」というだけで、子どもたちが幼稚園や学校で厳しい目に遭ったケースや、会社のために出張に行きたいという思いと引き留める家族とのはざまで苦悩する社員の話も見聞きしました。

 こうしたことから、ニコンでは、日本から派遣するエンジニアの数を減らすため、現地スタッフに対して遠隔で技術指導を行うシステムを導入するなど、据え付け作業のローカル化に取り組みました。

 このようなさまざまな努力により、第2四半期以降、露光装置の据え付け台数は徐々に回復することが期待できる状況になりました。

「業績の底打ち感」を印象づけて危機を乗り越える

 こうした現実を前に、CFOとして私が考えたことは2つありました。まず、8月の第1四半期決算と11月の第2四半期決算で社内外に業績の底打ち感をアピールし、特に社員や取引先に安心感を持ってもらうこと、次にこのコロナによる赤字を奇貨として、ニコンの構造改革とバランスシート改善を一気に進める、というものでした。

 会社という組織体は社員という人間の集合体です。組織は生き物であり、暗いネガティブな時間はなるべく早く終わらせる必要があります。構造改革や痛みを伴う改善のあとには、明るい未来が待っていることを示すことが重要です。

 どうせ赤字が避けられないなら、積年の問題を一気に解決し、ニコンをリーンで筋肉質な体質に変え、翌年以降の安定的な黒字体質の基礎を作る年にしよう、そう考えたわけです

 こうして、馬立稔和(うまたてとしかず)CEO率いるニコン経営陣は、「V字回復」「1年でのターンアラウンド(業績回復)」を目指しました。