一方で、確からしいこともあります。夜明け前の東の空には、実際に月と金星が輝いていたということです。ゴッホが弟テオにあてた手紙に「今朝、日の出のだいぶ前に、窓から田園風景を見た。明けの明星(金星)だけがとても大きく見えた」とあり、画面の中央よりやや左下の糸杉の隣に描かれた、白く強い光をまとった最も存在感のある星が、その金星であると言われています。
次にこの強烈な輝きや禍々しさを、気象学的な視点で見てみたいと思います。
一つとして、南仏の6月はひときわ夜空が美しい季節で、それを表現しているのではないかということです。日本の6月は梅雨なので、星空のイメージはありませんが、梅雨のないフランスでは星が見えやすい時季。気温が上がってきて過ごしやすくなってきます。星空を楽しむにも最適ですね。
さらに、ホイットニー氏の説にあるのですが、画面全体に流れている曲線が「ミストラル」だというものです。
「ミストラル」は、ひどい強風です。
平均風速は14m/s。台風の強風域に近い風です。時には、風速28m/sを超える風が吹くこともあるといいます。台風の中心近くに入った時の暴風と同じで、屋根が飛んでしまうこともあるほどの風です。
ゴッホも、ミストラルのせいでイーゼルが揺れて絵が描けない、と嘆いています。また、ミストラルの強烈な寒さに苦しめられたため、ゴッホは「悪魔のようなミストラル」と弟テオ宛の手紙に残しました。
カラッとした冬の強い北風は、辛いものがあります。日本海側から引っ越してきた人が、関東の冬は耐え難い寒さ、苦手な寒さだというのをよく聞きます。日本海側の冬は、雪により湿度があるので、乾燥した寒さとは異なったものに感じられるのです。冬でも湿度があるオランダやパリから移ってきたからこそ、カラッカラの寒さに見舞われた辛さが身に染みて、ゴッホは「ミストラル」を「悪魔」と呼んだのかもしれません。
もしこの曲線が「ミストラル」を表現しているのだとしたら「風」そのものを形にした《星月夜》は非常に稀有な作品であると言えます。