これら二つの解釈の違いは、「すぐに走って逃げて」が「ない」の影響範囲に含まれるかどうかの違いです。「ない」が直前の「クマを興奮させ」の部分を否定していることは明らかですが、さらにその前の「すぐに走って逃げて」まで否定しているか、そうでないかによって解釈が変わるのです。

「ない」による否定の範囲が「すぐに走って逃げて」にまで及ぶ場合は、次のように、「すぐに走って逃げて」と「クマを興奮させる」の両方が否定されることになります。以下では、「ない」の影響範囲を「赤字」で示します。

 すぐに走って逃げてクマを興奮させ ない。
 →「すぐに走って逃げてクマを興奮させる」ということをしない。
 →すぐに走って逃げたりしない&クマを興奮させない。

 これに対し、「すぐに走って逃げて」が「ない」による否定の範囲に含まれない場合は、「クマを興奮させ」のみが否定され、「すぐに走って逃げて」は否定されません。

 すぐに走って逃げて クマを興奮させない。
 →すぐに走って逃げて、「クマを興奮させる」ということをしない。
 →すぐに走って逃げる&クマを興奮させない。

「ない」の影響範囲が
一般常識でわからない場合は?

 実は、「○○して△△しない」という形の文には、こういった曖昧さがつねに生じています。しかしたいていの場合、私たちは常識に従って、「ない」による否定の範囲を適切に理解しています。

 たとえば、「建物内で異常事態が発生した場合は、速やかに外に出て危険な場所に立ち入らないようにしてください」という文を見たときは、「速やかに外に出る&危険な場所に立ち入らない」と解釈するのが普通です。これは、「速やかに外に出て危険な場所に立ち入らない」のように、「速やかに外に出て」が「ない」の影響範囲の外にある解釈です。

 これに対し、「振り込め詐欺の被害が増えています。怪しい電話の指示に従ってお金を振り込まないようにしましょう」という文では、「怪しい電話の指示に従わない&お金を振り込まない」と解釈するのが常識的です。つまり、「怪しい電話の指示に従ってお金を振り込まない」のように、「怪しい電話の指示に従って」の部分まで否定されていると解釈するわけです。

「○○して△△しない」の曖昧さが問題になるのは、「すぐに走って逃げてクマを興奮させない」のように、一般常識だけではどちらの解釈が正しいのかが判断できないような文です。こういった場合は「○○して△△しない」という形を使わず、別の言い方をした方が無難でしょう。とくに、「○○して」の部分も否定する場合は、「○○せず、」といった表現に変える方が意図が明確に伝わります。

 すぐに走って逃げてクマを興奮させないようにしましょう。
 →(言い換え)すぐに走って逃げたりせず、クマを興奮させないようにしましょう。

 怪しい電話の指示に従ってお金を振り込まないようにしましょう。
 →(言い換え)怪しい電話の指示に従わず、お金を振り込まないようにしましょう。