およそ3年にわたるコロナ禍では、感染対策として経済活動の制限と莫大な公費投入が実施され、社会に大きな傷跡が残った。未知のウイルスと格闘していた専門家たちは、その時何を思っていたのか。※本稿は、古瀬祐気『ウイルス学者さん、うちの国ヤバいので来てください。』(中公新書ラクレ)の一部を抜粋・編集したものです。
中国の当局が新型コロナを
認知するまでのすさまじい早さ
2019年12月に中国の武漢で原因不明の肺炎の集団発生が報告され、翌1月には新型コロナウイルスがその病原体であることがわかった。感染は各国に飛び火したが、2月ごろまでは中国を除いて散発的な報告にとどまっていた。
僕自身は、2月上旬はスペインで、中旬はタイで開催されていたウイルス学の国際会議に出席していた。まだこのウイルスについて研究はほとんど進んでおらず、何もわからない時期だったが、参加していた海外の研究者から興味深い話を聞いた。
12月の下旬ごろから武漢では、普段とは異なる、重症化率の高い肺炎が流行していたそうだ。中国では、町の病院で働いている医者であっても論文などの研究業績があると昇進に有利に働くことがある。
そういう素地もあってか、研究者ではない一般の医者が、この謎の肺炎の原因を探すために「メタゲノミクス」と呼ばれる特殊な解析を民間の検査会社に依頼したそうだ。
検査の結果、なんと「SARSコロナウイルスの遺伝子に似た塩基配列」が見つかった。2003年に世界的な流行を引き起こしたSARSコロナウイルスは、感染すると10%以上のひとが死亡してしまうという非常に危険なウイルスだ。
偶然かもしれない、何かが紛れ込んでしまっただけかもしれない、とはじめは思ったそうだが、同じ時期に同じ町の別の医者も別の検査会社にこの解析を依頼していて、同様の結果が出てきた。
この二つの検査会社が連絡を取り合い、「これはただごとではないかもしれない」と当局に報告し、急ピッチで調査が行われ翌月には新型コロナウイルスが同定された。と、いうのがその研究者から聞いたストーリーだ。
このスピードで原因究明ができたのはものすごいことだと思う。もし新しいウイルスによるアウトブレイクが日本の地方都市からはじまっていたら、異変に気づいてその原因がわかるまで、ひょっとしたら数カ月はかかったんじゃないだろうか。
タイの国際会議を終えて
帰国した筆者に「ちょっと来て」
そして、その出張から日本に戻った日にSNSで帰国したことを報告したところ、旧知の先生から連絡が入った。
「いま日本にいるの?海外渡航者との接触歴がないひとでも感染報告が増えていて、国内での感染伝播が本格的にはじまりそう。厚生労働省内に専門家を集めた対策チームを作るから、ちょっと来て」