人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。
全くの偶然
リゾチームは、抗菌作用を持ち食品添加物として用いられる酵素である。
リゾチームを発見したのは、イギリスの医師アレクサンダー・フレミングである(1)。今から百年ほど前の一九二〇年代のことだ。
ドイツの医師ロベルト・コッホが、「細菌が病気の原因になる」という衝撃的な事実を世界で初めて示し、その功績でノーベル賞を受賞したのが一九〇五年である。
それ以後、細菌を殺せる化合物が探索されたが、多くの研究が難航していた。まだ「抗生物質」という言葉すらなかった時代だ。
フレミングがリゾチームを発見したのは、全くの偶然だった。風邪をひいていた彼がくしゃみをしたとき、培養容器に飛び込んだ飛沫によって細菌たちが死滅してしまったのだ。鼻水の中に、病原体に対抗する成分が存在したのである。
リゾチームはタンパク質でできた酵素で、全身に投与して目的の臓器に浸透するには分子が大きく、残念ながら感染症の治療薬にはなりえなかった。
人類史を変えた薬
だがその七年後、フレミングのもとに起きたもう一つの偶然が、彼の人生を変えることになった。
黄色ブドウ球菌を培養していた彼は、一九二八年九月、今度は培養容器の中にカビを混入させてしまった。カビが生えた容器など実験には使えない。だがフレミングは、これを安易にゴミ箱に捨てはしなかった。カビの周囲にだけ、細菌が発育していないことに気づいたからだ。
細菌を殺す、何らかの物質がカビから分泌されているのではないか?
まだ名もないこの化合物を、彼はアオカビの学名Penicillium(ペニシリウム)にちなんで「ペニシリン」と名づけた。
これがのちに抗生物質と呼ばれ、医学の歴史を、いや人類史をも変える薬になった。
一九二〇年代にフレミングが成し遂げたこの二つの発見は、いずれも「偶然が生んだ幸運(セレンディピティー)」として語られる。だが、その偶然を呼び寄せたのは、紛れもなく彼の努力と情熱だ。
第一次世界大戦中、戦場の病院で医師として勤務したフレミングは、大勢の兵士たちが傷から重篤な感染症を引き起こし、なす術なく死んでいく姿を目の当たりにしてきた。
戦後、彼が感染症の薬の開発に心血を注いだのは「必然」に他ならなかった。 幸運は準備された心のみに宿る。
フランスの細菌学者ルイ・パストゥールの言葉として知られるこの格言は、まさにフレミングに舞い降りた「幸運」を的確に言い表している。
【参考文献】
(1)“Lysozyme: President's Address” Fleming A. Proc R Soc Med. 1932;26(2):71-84.
(本原稿は、山本健人著『すばらしい医学』を抜粋、編集したものです)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)
外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に19万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。新刊『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)は3万8000部のベストセラーとなっている。
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