魔女写真はイメージです Photo:PIXTA

15~18世紀において、ヨーロッパでは魔女狩りが多発した。ヨーロッパにおける闇の歴史とも言われる魔女狩りだが、実は多くの男性「魔女」も被害にあっていたことは知られていない。その実態と被害とは。※本稿は、池上俊一著『魔女狩りのヨーロッパ史』(岩波新書)の一部を抜粋・編集したものです。

50代60代が多かった男性の魔女
犠牲者の7割を占める地域も

「魔女」は、どのヨーロッパ言語でも女性(フランス語sorcière、英語witch、ドイツ語Hexe、イタリア語strega、スペイン語bruja)を示しており、実際魔女裁判に掛けられた被告全体のうち8割が女性だった。とはいえ地域によって差があり、男性もそれなりに多数に上るケースがあったことに近年では注目が集まっている。

 女性の魔女と男性の『魔女』とはその性格や扱いがどう異なるのか、男性の割合が多いのは、どんな条件・状況のときなのか、それらを考えてみよう。

 魔女の共犯者は「サバト(魔女、悪魔崇拝の集会)」参加を証拠として摘発されたと述べたが、サバトには、夫に内緒で出掛ける妻だけでなく、夫を無理矢理誘って連れて行く妻もいたので、当然男も『魔女』(魔男、妖術師)になった。

 とりわけ男が多かった地域もある。北欧と東欧がまず目を引く。アイスランドの魔女は9割以上が男性で、エストニアは男性が6~7割、フィンランドでも男女はほぼ同数、ほかにロシアも6割以上の魔女が男性だった。

 フランスや神聖ローマ帝国域内でも―大規模な魔女狩りで知られる所では男性『魔女』は18~25%の範囲にほぼ収まるようだが―、一部、男性が多数を占める地域があった。

 トリーア選帝侯領では犠牲者の3分の1が男性、上オーストリア、ザルツブルクやケルンテンなどでは大半の魔女が男であり、ほかにブルゴーニュでは60%、ノルマンディーでは73%を男が占めた。

 1430~1530年に行われたスイス西部のヴォー地方の魔女裁判では、被告の3分の2が男だった。なお男の『魔女』にも50代とか60代の年配者が多数を占めた。

 ロシア、アイスランド、フィンランド、エストニアでは、男たちが村の呪術使い、一種のシャーマンとして霊と交流し、さまざまな呪術や病気治癒を行う伝統があり、それが魔女の男性化に結びついたのだと考えられる。

 これらの地域はヨーロッパの「辺境」にありキリスト教の普及が遅れたため、中央権力が国家形成と併せて正統信仰を一気に進展させようとして、呪術師たる男性が『魔女』にされたのだろう。

不正な蓄財、不義密通、借金…
「情けない男」も魔女にさせられた

 だがドイツやフランスの犠牲者にはマルジノー(境界人)以外に聖職者もかなりおり、彼らが信徒共同体と仲違いすると、たちまち『魔女』と糾弾される危険があった。