市場創造型イノベーションが
アイデアを経済発展につなげる

アイデアベースの経済成長理論では、2つの点でアイデアは特別なものである。第1に、アイデアプールが大きくなれば、同じインプットの組み合わせでアウトプットが増加するため、生産力が増強される。第2に、新しいアイデアを生み出すには投資が欠かせないが、一度生み出されたアイデアの移転にはコストはかからない。このようなモデルでは、専門用語で言うと、アイデアは「非競合的」(non-rival:複数の者が同時に利用できる)で「非排除的」(non-excludable:他者の利用を排除できない)である、と特徴付けられる。

非競合的とは、ある人がそのアイデアを使用することで、ほかの人がそのアイデアを使用することを妨げないことを意味し、かたや非排除的は、いったんアイデアが世に出れば、そのアイデアの使用を妨げられないことを意味する。

もう一つの用語、知識スピルオーバーは、非競合的で非排除的なアイデアの自由な伝達を指す。対照的に、ある製品がある人によって消費されることで、ほかの人が消費することができなくなる場合、その製品は競合関係にある。たとえば、自動車は競合的かつ排除的である。

ここで、アイデアは非競争的で非排除的であるため、アイデアと経済的に関連性のあるイノベーションは知識スピルオーバーの対象となる特徴が見られるという議論に照らして、モ・イブラヒムと彼が創業したセルテルについてあらためて考えてみたい。

イブラヒムがアフリカ大陸に携帯電話サービスを提供し始めるはるか以前から、携帯電話や携帯電話網——ここでは携帯電話という「発明」について考える——というアイデアは存在していた。しかしながら、携帯電話や携帯電話網のアイデアが、ウガンダ、マラウイ、シエラレオネへと「スピルオーバー」(波及)したことで、それまで利用できなかった場所にも携帯電話サービスを提供する時価総額34億ドルの企業が誕生した、と話をまとめるのは単純化しすぎである。

サハラ以南のアフリカで携帯電話を普及させ、通信手段を持たない人々にサービスを提供し、経済成長を促すために必要だったのは携帯電話や携帯電話ネットワークのアイデアではなかった。市場創造型イノベーションだったのである。

アメリカの進化経済学の先駆者、シドニー・ウィンターが50年前に書いているように「『ケーキの焼き方を知っている』ことと、『ケーキの材料をすべて集める方法を知っている』ことは明らかに違う。ケーキの焼き方を知っていることは、『ケーキのレシピに多かれ少なかれ細かく指定されている一連の作業を実行する方法を知っていることである』」。

市場創造型イノベーションの“レシピ”のやり方の多くは、「イノベーションのノウハウ本」には載っておらず、低コストではできない。それどころか、市場創造型イノベーションに不可欠であり、成長と発展を後押しするアイデアやレシピは、誰でもわかるように明文化されていない。概して文脈に依存し、多大なコストをかけてのみ移転可能である。つまり、暗黙知が支配的であり、情報の非対称性が当たり前であり、取引コストは高い。

一個人や一企業によって生み出されたアイデアは、さまざまな道筋を経て他の個人や企業に届くことに異論はないだろう。このような経路を知識スピルオーバーと定義すれば、どこででもスピルオーバーの証拠は見つかる。

たとえば競合他社や業界リーダーから重要な従業員を採用する、ある特許の周辺領域での発明に向けて研究する、製品のリバースエンジニアリングを試みる、従業員がカンファレンスに出席する費用を支払う、コンサルタントを雇う、バイヤーやサプライヤーとの信頼関係を深めるなどである。

このように、市場創造型イノベーションには、実のところ(少なくとも一時的には)競合的で排除的なアイデアの探索が必然的かつ体系的に含まれ、そこから彼らならではの価値を有するベンチャーが生まれてくる。

市場創造型イノベーションを阻害する最大の要因は、(現行の新成長モデルが示唆するような)リターンの一人占めはできないことではなく、アイデアの伝達、信頼構築、取引における日常的ないさかいである。

その結果、先のポール・ローマーが強調したタイプの知識スピルオーバーはどこにでも存在するものの、経済成長と発展にとって最も重要な活動に影響を及ぼすことはほぼない。この意味で、起業家精神に関するミクロ経済理論から生まれる生産的知識の見方と、経済成長に関して支配的なマクロ経済理論を特徴付ける見方とは、ほとんど対照的である。


©2019 Clayton M. Christensen, Efosa Ojomo, Gabrielle Daines Gay, and Philip E. Auerswald.
The article is published in Innovations: Technology, Governance, Globalization, Winter- Spring 2019 of MIT Press.

*つづき〈連載③〉はこちら