制度づくりが先か、それともイノベーション投資が先か?

クレイトン M. クリステンセン
Clayton M. Christensen
エフォサ・オジョモ
Efosa Ojomo
ガブリエル・デインズ・ゲイ
Gabrielle Daines Gay
フィリップ E. アウエルスワルト
Philip E. Auerswald
翻訳|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部 論説委員)

『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)で知られるクレイトン・クリステンセンは、2020年1月23日、67歳で他界した。今回紹介する「第3の解」は、逝去する1カ月前、MITプレスが発行するジャーナル『イノベーションズ 』に掲載されたもので、これまで未訳のままだった。『ダイヤモンドクォータリー ニューズレター』の発行に当たり、その邦訳を連載していく。

制度づくりが先か、それともイノベーション投資が先か?

*〈連載②〉はこちら

制度はイノベーションに従う

前述のように、イノベーションを簡潔に定義し、3つのタイプに分類してみた。これにより、イノベーションが経済にどのような影響を及ぼすのか、より具体的には、経済に関する制度の発展に対してどのように影響するのかを考えるフレームワークが得られる。

我々の経験が示しているように、イノベーションは、社会自体が「定常化」されたのち、つまり制度がきちんと機能し、信頼されるものに整備された後に、社会の片隅から生まれてくるものではない。

イノベーションとは、むしろ社会や経済の発展に不可欠な制度を生み出すプロセスといえる。つまり、雇用の創造、納税など、強固で永続性のある制度が整備されるのは、新たな市場を創出したり、新たな市場につなげたりするイノベーションを通じてなのである。イノベーションこそ、経済のエンジンを回し、社会を発展させるものにほかならない。以下の事例がそのことを証明している。

①日本の交通規制

日本では、舗装道路は100万キロメートルを超え、数千に及ぶ交通法規によって6900万台の自動車が統制されている。このように整備された道路や法規制のおかげで、交通が統制されているだけでなく、ドライバーの安全も維持されている。その結果、日本における交通事故死者数の比率は世界で最も低く、自動車10万台当たり年6.5人である。ちなみに、アメリカは日本の2倍、ヨーロッパはその3倍、中国は約16倍である。

全体で見れば、日本の交通・運輸を管理する制度はうまくいっている。しかしかつては、必ずしもそうとはいえなかった。実のところ、日本の道路交通法には、自動車の技術イノベーションの急進がもたらしたがゆえの課題を解決するために進化してきたという経緯がある。

アメリカの社会学者ジェフリー・アレクサンダーの著書『日本のオートバイ競争の産業史』(未訳)は、日本政府は、最初は2輪車の普及に、のちには特に原動機付自転車に対応するために交通規制を整備してきたことをうまくまとめている。

アレクサンダーは、1900年代初頭、都市部の道路では「自動車、トラック、オートバイ、馬、牛車、人力車、荷車を引く男、歩行者」が普通に見られた、また「東京のような都心部では、交通規制の強化が必要となり、オートバイが重要な役割を果たすようになった」と記している。加えて、「政府は自動車の普及に対応するために、自動車を利用・購入し、運転できる者を法律で定めた」と説明している。

1918年までに、東京府は交通警察の組織を設立し、これらの新しい政府職員のために、制服や交通警察署を用意した。当初、関連法規の施行は場当たり的だったが、時間とともに体を成していった。今日、日本には世界で最も安全な交通システムがある。まったくうらやましい限りである。

低・中所得国は、道路交通に関する法制度を整備する前に、オートバイやその他の乗り物の普及が日本社会に与えた影響について研究することが望ましい。つまり、まず技術イノベーションがあり、その後にその影響をコントロールする制度が生まれたということ、を。

②ヨーロッパの議会と裁判所

法の支配の欠如、腐敗した司法、信頼するにあたわない議会は、多くの低・中所得国に見られる特徴である。ヨーロッパの先進諸国のほうが少なく見積もっても、相対的にははるかに優れた制度であろう。

では、ヨーロッパ諸国は司法制度や議会システムをどのようにつくり出したのだろうか。ハーバード大学のロバート・ベイツは『繁栄と暴力:発展の政治経済学』(未訳)の中で、ヨーロッパの特徴的な政治制度を発展させた一連の出来事について述べている。

たとえば、各国政府や政府機関が発行するソブリン債のリスクについて、過去数世紀にわたり社会の認識がどのように変化してきたのかを考察してみよう。今日、ソブリン債、とりわけヨーロッパの先進諸国のソブリン債は、民間債よりもリスクが低いと見られているかもしれない。

しかし、必ずしもそうではなかった。数百年前、ヨーロッパのほぼ全域が、君主制国家——支配者は好き勝手に収奪・略奪し、人を殺(あや)めることもできた——で構成されていた頃、投資家たちの間で、王やそれに準ずる人々に金を貸すことをためらう傾向が強まった。富を測る尺度が、王家らが所有する不動産(固定的な資産)から貴金属や通貨(流動性のある資産)へと広く転換していくにつれて、投資家たちはその力をいっそう強め、融資する君主を選別するようになったからである。

そこで君主らは、人民から資金を捻出する新たな方法を考える。ベイツは、「彼らは、市民の私有財産を利用する方法にイノベーションを起こした。なかでも最も重要だったのは議会の創設であり、そこは公共政策を譲歩する代わりに公的収入を引き出す場であった」と述べている。

議会は、投資家たちと交渉し、財政を管理し、君主の負債を保証する機関として創設された。人々を虐げる時代から引き付ける時代へと変わったのは、突然、市民が自分の資産を簡単に動かせる(イノベーション)ようになったことによる。言い換えれば、富を略奪する経済から富の創造を志向する経済へと新種の経済が出現したのである。

ヨーロッパでは、裁判所の設立でも同じようなことが起こった。そもそも裁判所は紛争やいさかいをスピーディに解決するために設立されたが、より多くの案件を解決していく中で、その重要性を増していった。また手数料を請求することで、裁判所はヨーロッパの君主たちにとって主要な収益源にもなった。

設立された当初は、議会も裁判所も国民の意思を満足に代弁できずにいた。しかし、市民がだんだんと豊かになるにつれて、これらの制度はより効果的で、頼れるものになった。

我々は、イノベーションと繁栄が先にあり、制度(少なくとも十全に機能するもの)は後付けであることを忘れてはならない。繰り返しになるが、流動性の高い通貨というイノベーションは、その地の経済に新たな特徴を生み出し、結果として制度の安定がもたらされた。