クレイトン M. クリステンセン
Clayton M. Christensen
エフォサ・オジョモ
Efosa Ojomo
ガブリエル・デインズ・ゲイ
Gabrielle Daines Gay
フィリップ E. アウエルスワルト
Philip E. Auerswald
翻訳|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部 論説委員)
『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)で知られるクレイトン・クリステンセンは、2020年1月23日、67歳で他界した。今回紹介する「第3の解」は、逝去する1カ月前、MITプレスが発行するジャーナル『イノベーションズ 』に掲載されたもので、これまで未訳のままだった。『ダイヤモンドクォータリー ニューズレター』の発行に当たり、その邦訳を連載していく。
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ブロックチェーンをてこにしたイノベーションと経済発展
ブロックチェーン技術は、暗号通貨(あるいは仮想通貨)の基盤であるだけでなく、それ以外のアプリケーションを開発できる基礎技術であるため、大きな注目を集めてきた。ここでは、ブロックチェーン技術が市場創造型イノベーションを可能にせしめ、その結果経済発展が進展した事例を紹介しながら、ブロックチェーン技術の本質的な機能を明らかにする。
まずその定義だが、ブロックチェーンとは、電子取引を記録するための、誰でも使える分権・分散型のデジタル台帳(記録管理システム)である。また分散型技術ゆえに、個々のブロックには改ざんできない情報が格納されている。たとえば個人の銀行口座には、出入金の履歴や銀行手数料などの取引情報が含まれている。これらの取引は、銀行の中央集権型サーバーに保存されるか、最近ではクラウドのサーバー間で分散管理されている。
また、悪意ある者が情報システムに侵入したり、クラウドにアクセスしたりして口座情報を盗み出す可能性をなくすため、銀行はサイバーセキュリティに数百万ドルを投じている。このようにサイバーセキュリティへの投資は巨額化しているにもかかわらず、大規模な侵入の件数(そのほとんどは一般に知られることはない)は右肩上がりで増えている。
高いセキュリティの下、銀行が顧客情報や取引を安心・安全に保全できれば、顧客と銀行の間に信頼が生まれる。しかし確実に保全できなければ、この手のサービス形態では、大規模な中央集権型データベースに内在する脆弱性に目を向けざるをえない。
信頼を得るにはコストがかかり、失えばコストがさらに生じる。財産から医療記録に至るまで、個人情報を管理するレジストリーでも同様のことが起こる。レジストリーの管理者は通常、顧客の個人情報や取引情報を一元管理された場所に保管している。こうした情報の保護・保全は、管理者が注力すべき仕事であり、言うまでもなく、その能力は信頼性に大きく影響する。
貧困国の多くは、政府が資金不足に陥ることがしばしばであり、レジストリーを管理する機関への信頼は乏しい。また、土地に関わるもめ事は特に多い。たとえば所有権が重複するという主張、土地の所有と強奪、しかるべき記録の欠如など、さまざまな原因でいさかいが生じる。こうしたもめ事が多発しているせいで、土地行政と制度に関して組織としての信頼が損なわれている。
言うまでもなく、投資家は自分の財産権が正しく登録され、保護されることを望んでいるが、信頼できる制度がなければ、そうした保証はほぼ得られない。その結果、不動産だけでなく、株式や国債など他の資産クラスへの投資にも悪影響が及ぶ。
ブロックチェーン技術は、記録が正しいことを証明し、土地の所有権やその他の財産権の請求が怪しいかもしれないという疑念を減らし、その結果、制度が強化される可能性がある。資産を移転する取引を管理する際、透明性と堅牢性の高い分散システムが使用されれば、汚職、誤解、管理上のミスの可能性は激減する。
ブロックチェーンを利用したデータシステムを導入する際、請求が明確で信頼できること、制度を強化するなど向上を図ることで、紛争の発生頻度は大幅に減少し、発生した場合でもその解決を迅速化できる。
基本的なこととして、ブロックチェーン技術は市場創造型イノベーションと一緒に発展する制度との間のギャップを大きく縮小させる。ブロックチェーン経済の下では、市場創造型イノベーションと制度は基本的に切っても切れない関係なのだ。次の2つのユースケースで説明しよう。