大企業の社長や起業家、科学者など、いわゆる社会的に成功した方々にたくさん取材する機会を得てきました。その数は、3000人を超えています。誰もが知る有名な会社の社長も少なくなく、「こんな機会はない」と本来のインタビュー項目になかったこともよく聞かせてもらいました。インタビューで会話が少しこなれてきているところで、こんな質問を投げかけるのです。
「どうして、この会社に入られたのですか?」
数千人、数万人、中には数十万人の従業員を持つ会社の経営者、あるいは企業を渡り歩いて社長になった人となれば、仕事キャリアに成功した人、と言って過言ではないと思います。仕事選び、会社選びに成功した人、とも言えるでしょう。ところが、そんな人たちの「仕事選び、会社選び」は、なんともびっくりするものだったのです。
本記事は、『彼らが成功する前に大切にしていたこと 幸運を引き寄せる働き方』上阪 徹(ダイヤモンド社)より、抜粋してご紹介いたします。

学生は、ベンチャーより、小さなメーカーにまず就職したほうがいい。その理由は?Photo: Adobe Stock

100人くらいの会社なら、全てが見られる

 人と違うことをする「逆張り」だったと取材で語っていたのが、成毛眞さんです。中央大学商学部を卒業後、北海道の自動車部品メーカーを経て、1981年にアスキーに入社。そして1986年にマイクロソフトに入社し、1991年から2000年まで日本法人の社長を務めました。今は、ベストセラー作家としても知られています。

 大学を出ると、大企業を目指した人が多かった時代。みんなが大企業に進むから、あえて小さな会社を選んだといいます。そして、もっと面白い仕事がしたいと望み、アスキーに転職したことが人生の転機になりました。

 もともとアスキーには、雑誌記者になりたくて入ったのだそうです。ところが、いきなりマイクロソフトに出向してくれないか、という話になった。成毛さん曰く「面倒なので」、とりあえず行ってみたそうです。

 まさに、やりたい仕事ではないところへの、いきなりの配属です。このとんでもない配属を、受け入れたのです。まったくの偶然でした。

 実はマイクロソフトも3年ほどで辞めるつもりだったそうです。外資系銀行に転職しようとした時期もあったと語っていました。

 しかし、マイクロソフトが爆発的に成長を遂げていた時代です。仕事は面白く、居心地も良かった。成毛さんが社長を務めた時代、90億円だった売上高は8年で約19倍にもなるのです。

 ただ、成毛さんはベンチャー企業に就職することを勧めていたのかといえば、違っていました。学生には、100名規模のメーカーに行きなさい、とアドバイスしていました。

 20歳そこそこでベンチャーに行ったところで、経験できることは限定される。24時間同じ仕事をして、手に職も能力もつかない可能性もある。それよりも、メーカーに3年間行きなさい、と。

 モノづくり、仕入れ、加工、流通、原価構造、財務など、さまざまな現場が見られるからです。小さ過ぎても、大き過ぎてもいけない。100人くらいなら、すべてが見られる。このノウハウが次に大きく活きてくる、と。

 実際、マイクロソフトに出向になったとき、前職の北海道の自動車部品メーカーでの経験が大きく活きたのだと思います。だから、36歳の若さで日本法人の社長を任されたのでしょう。

 ちなみに成毛さん、もともと楽観的で、最初の転職もまったく不安はなかったそうです。その源泉が、読書でした。子どもの頃から活字中毒で、それこそ考え得る限りのジャンルの本を読んでいた。これが本質的に自信につながっていると語っていました。

 学歴でもなく、職歴でもなく、読書量が自信を生んでいたのです。

※本記事は『彼らが成功する前に大切にしていたこと 幸運を引き寄せる働き方』上阪 徹(ダイヤモンド社)より、抜粋して構成したものです。