お金を払って物欲や欲求が満たされたとしても、それは瞬間的な「幻想の幸せ」にすぎない。本当の意味での幸せとは、穏やかな気分でいられることや人とのつながりなど、心身・社会的に充実した持続的な幸せである。幸福を医学的に研究する心療内科医が、幸福度の高い毎日を過ごすために今すぐ実践できる心がけを伝授する。本稿は、海原純子『幸福力――幸せを生み出す方法』(潮文庫)の一部を抜粋・編集したものです。
小さな「幸福」を感じられる
ウェルビーイングな人
私は心療内科医として、長い間、とくにストレスで心や体のバランスを崩してしまった方々の診療に携わってきました。精神科が心の病を患った人を診るとするならば、心療内科は主に、心に問題を抱えたことで体に痛みなどの症状が出ている人の診療を行っています。緊張すると胃が痛くなることがありますが、体は心の状態を反映し、表現する場でもありますから、心に何らかの問題があると体に症状が出てしまうことがあるのです。
そして心はその方を取り巻く人間関係や環境、社会的通念とも関わっています。そこで、こうした視点も踏まえながら、「幸福」について考えていきたいと思います。
皆さんはどんなとき、「幸福」を感じますか?仕事で業績を上げたときでしょうか?給料が上がったとき、子どもが第一志望校に受かったとき、夫が昇進したとき、美味しいものを食べたとき、でしょうか。
あるとき「何か特別なことがなくても、朝起きて窓を開けて、ああ、また新しい一日が始まるな、と思えるのが幸せ」とおっしゃった女性がいました。素敵だな、と思いました。幸福とは、良い出来事やうれしいことがたくさん起きるということではなく、ふとしたときに、「一日が始まるな」「今日もいい一日だったな」などと、心がしんと落ち着く瞬間がたくさんあることではないかと思うのです。
近年、アメリカで非常に注目されている、「well-being(ウェルビーイング)」という言葉があります。「ウェルビーイング」とは、病気ではないから健康だ、ということではなく、身体も精神的にも社会的にも満たされている状態のことを言います。アメリカを中心にウェルビーイングについて研究する「ポジティブサイコロジー」という分野の心理学が1990年代後半から盛んになり、2007年にはペンシルべニア大学のM・セリグマン博士が国際ポジティブサイコロジー協会を設立し、医学や教育などの分野で応用されています。
幸福を科学的に捉えるのが、ポジティブサイコロジー医学ということになるでしょう。幸福、というと何か漠然とした抽象的なイメージがありますが、それを医学的に検証するのがウェルビーイングを研究するポジティブサイコロジーというわけです。