2024年7月14日放送のTBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」に、『すばらしい医学』の著者・山本健人氏が出演した。人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。
新紙幣に選ばれた科学者
2004年以来、20年ぶりに紙幣のデザインが一新された。
新たに千円札の肖像となったのが、日本細菌学の父、北里柴三郎である。紙幣の肖像に科学者が選ばれるのは、前回の野口英世に続き二人目となる。
北里柴三郎の功績がいかなるものであったか。これを正確に知るには、当時の医学水準、時代背景を知らねばならない。
19世紀頃まで何千年もの間、人類は感染症の原因を知らなかった。
むろん、「人から人にうつる病気」の存在は、誰もが経験的に知っていた。だが、その原因が一体何なのかは、長らく謎に包まれていたのだ。
「悪い空気」が病気を伝染する?
今となっては、細菌やウイルスが体内に入り込み、病的な状態を作り出すのが感染症だと誰もが理解しているだろう。だが、19世紀より前の時代なら、「肉眼では見えない生物」が病気の原因だと語っても、きっと信じてもらえないはずだ。
荒唐無稽な妄想だと馬鹿にされるかもしれない。
伝染する病気の原因として、かつて信じられたのは、腐敗物や病人から出る「瘴気(悪い空気)」である。マラリアの語源が、イタリア語の「悪い空気(マル アリア:mal aria)」であることも、瘴気説の名残だ。
また、ペストが大流行した時、かつての医師たちは奇妙なくちばしのついたマスクをかぶって診療し、くちばしの中に大量の香料を詰めていた。これで瘴気から身を守れると考えたのである。
北里と細菌学
19世紀後半、「細菌が病気の原因になる」という事実を世界で初めて証明したのが、ドイツの医師ロベルト・コッホである。彼は1905年、この功績でノーベル賞を受賞する。
病気の原因は微生物であり、しかもそれぞれの微生物が異なる固有の病気を引き起こす――。
当時は衝撃的な事実として受け止められたことだろう。北里柴三郎がコッホに師事したのは、このような時代である。
東京医学校(現在の東京大学医学部)で医学を修めた北里は、1885年、ドイツのベルリン大学に留学し、当時最先端の細菌学を学んだ。
破傷風やジフテリア、ペストなど細菌が原因となる病気の実態を次々と明らかにし、治療に結びつけた。まさに世界に誇る業績であった。
細菌学の巨人たち
のちに北里研究所を興した北里は、さらに慶應義塾大学の初代医学部長となり、日本医師会(旧大日本医師会)を作った。
1910年、尊敬する恩師コッホの訃報を知った北里は、深い悲しみにくれたという。
北里が建てたコッホを祀る祠は、今、北里大学白金キャンパスにある「コッホ・北里神社」である。師弟愛で結ばれた、細菌学の巨人たちを祀る場所なのだ。
(本原稿は、山本健人著『すばらしい医学』に関連した書き下ろしです)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)
外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に19万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。新刊『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)は3万8000部のベストセラーとなっている。
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